Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第13章

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 鳴き声を頼りに、貨物の奥に向かうと、檻に入れられたアフガンハウンドのアルがいた。同じ機に乗っていることは知っていたが、二人ともここで会えると思わなかったのだ。アルは利一の姿を見ると、吠えるのをやめて、嬉しそうに尻尾を振った。
「アル。こんなところにいたのか」
 檻の間から手を入れて、艶やかなアルの額を撫でた。するとアルは鼻を高々と上げる。けれどよく見ると、アルの鼻の頭が赤く腫れていて、いつもより大きく見えた。
「この鼻、どうしちまったんだ?」
 リーチが鼻に触れようとすると、アルはプイと明後日の方向を向いた。触れられたくないのだろう。
『リーチ、きっと飛行機が揺れて、檻の中であちこち当たったんだよ。もしかすると怪我をしているかもしれない。ねえ、アルをだしてやって。僕が確かめるから……』
「別にいいけど、怪我をしていても、大した治療はしてやれないぜ。ていうか、見た限りじゃ、血は出てないみたいだけどな」
 リーチはそう言いつつも、トシと交替した。
 するとアルは、リーチには触れさせようとしなかった鼻の頭を、トシには許した。アルがリーチやトシを見分けているのがこれで分かる。トシにはすり寄るアルが、リーチにはなんとなく気に入らない。
「ここと、ここ、ここも、たんこぶができてる……。可哀想に。痛かっただろ?」
 トシの言葉にアルはクウンと鳴く。
『トシ、こいつに構ってる時間はないんだぜ。放っておいて、さっさと着替えて武器になりそうなものをを探そう』
「リーチ。ここにアルを置いていけないよ」
『ちょっと待て、こいつを連れて行っても足手まといになるだけだ』
「そんなことないよ。アルは賢いし、人間の言葉を理解しているんだから、きっと僕たちの助けになってくれるよ」
 トシはアルをギュッと抱きしめて言う。
『駄目だ』
 リーチは反対だった。これからの予定など何一つ立てていない。いや、犯人が何人いるのかも分からない状態では立てられないのだ。そんなときにアルの面倒まで見られない。
「じゃあ、ここに独りぼっちにするの?そんなの可哀想だよ」
『可哀想も何も、ここなら安全だろ?それにこいつは犬だ。アルさえおとなしくしていたら、犯人達も犬なんて放っておくさ』
 リーチの言葉にトシは、じっとアルを見つめていた。アルの方も何かを訴えるような目を向けている。
「そう……そうかもしれない。ここの方が安全だよね」
 トシがそう言うと、アルはうなり声を上げた。
「アル、聞いて。この飛行機は悪い奴らにハイジャックされて、恭眞や雪久さんが人質に取られているんだ。それを知った僕たちは助けに来たんだよ。分かる?」
 アルは一つ吠えた。
「それでね、これから僕たちのしようとしていることはとても危険なんだ。だからアルは僕たちが帰ってくるのをおとなしく待っていて欲しいんだけど、分かる?」
 今度はうなり声を上げた。
『犬と会話してどうするんだよ。どうせ、分かってねえよ』
「アルはちゃんと理解しているって。僕にはわかるもん」
『分かるもん……ってなあ……』
 リーチは呆れていたが、トシはまるで人間を相手にするように、アルと話し続けていた。
「やっぱりアルも連れて行こうよ。だって、アル、やる気満々だもん。絶対に僕たちの力になってくれる」
『あのなあ……』
「僕が面倒を見るから……」
『……面倒って、お前。俺たちは二人で一つの身体を共有してるんだぜ。……まあ、トシがそこまでいうなら、いいけど。でも、アルが大けがをしても、責任は取れないぜ』
「分かってるよ……。ちゃんと言うことを聞けるよね? 僕たちの側を離れたら駄目だよ?足音も立てちゃ駄目」
 アルはワンと高らかに啼いた。
「あ、そんなふうに大きな声で吠えても駄目だからね」
『もういい。それより着替えだ。トシ、なんでもいいから、その辺の荷物を開けて、着替えられそうな衣服を探せよ。あと武器になりそうなものもな』
「分かった」
 トシはキョロキョロと周囲を見渡し、トランクを手に取った。けれどどのトランクにも鍵がつけられていて、なかなか開かない。
「リーチ……鍵がしっかりかかってるよ……」
『何とかして壊せ』
「……僕は違うけど、普通の人って、こういう鍵の暗証番号を考えるのが苦手で、買ったときのまま、変えないことが多いんだよね」
 トシはいくつかの番号を合わせ、三度目でトランクを開けた。こういう機転が利くのはトシならではだ。
「服は合いそうだけど、武器になりそうなものはないよ……。ほら、テロの警戒からものすごく厳重に荷物を調べられてるから……」
 折りたたまれた黒のシャツと、濃い茶色のスラックスをトシは手に取ると、ヘルメットやつなぎを脱いで、すぐさま服を着替えた。他のトランクからは薄手の手袋を見つけ、戦闘機に乗るためにつけていた、分厚い手袋と交換する。
『面が割れると困るな……』
 リーチがぽつりと呟いた言葉に、トシはマスクを見つけて口を覆い、競泳用の水中眼鏡をつけ、頭からスキー帽を深々と被った。水中眼鏡はありがたいことに色が付いている。それを見たアルが、どこか嫌そうな表情で低く唸る。
『なあ、それ、すげえ怪しいぜ。まるで銀行強盗でもやらかそうとしているみたいだ』
 思わず笑いが漏れたリーチだったが、トシは真剣な顔をしていた。
「……だって、顔を見られたら困るし……。ほら、助かった乗客が、僕たちのモンタージュなんて作ったら大変だよ」
『そうだけどなあ……他になんかないのか?』
「新品のストッキングならあるけど……これを被ったら、もっと怪しくなるよ」
『……そ、それは嫌だなあ……ストッキングで潰れた顔で犯人達の前に姿を見せたら、怪しいって言うより、間抜けだと思うぜ』
「でしょ?」
 トシは嬉しそうにそう言った。
『後は武器だな……』
「武器……武器だよね……」
 トシはあちこちのトランクを開けたが、武器になりそうなものを見つけられなかった。当然と言えば当然だ。けれど今リーチが持っているナイフは接近戦には強いが、距離があると銃などの飛び道具を持った方が勝つ。もっとも、機内で銃を発砲すると言うことがどういう危機を招くのか、犯人達も心得ているだろうから、むやみやたらに撃つことはないだろうが。
『距離があっても使える武器が欲しいな……』
「……う~ん……あっ!そうだ」
 トシは先程戻したストッキングの袋を破いて、中身を取り出した。
『それ、何に使うんだ?』
「ほら、ストッキングをもう少し短くして、その両端に缶詰を入れたら武器にならない?片方を持って殴ってもいいし、飛ばして身体に絡みつかせるのもいいんじゃないかな……。こういうものに似た武器を、どこかの部族が鳥を落とすのに使っているのテレビで見たことある」
 トシの提案に、リーチは思わず『それは、すげえアイデアだ!』と叫んでいた。
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