Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第29章

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「もちろん。計画は周到にしてきましたから、知ってますよ。もっとも、私と同じように計画して乗り込む人達がいることまで、予想しませんでしたけどね。それはお互い様でしょう?」
「まあな……」
 リーチをじっと見つめ、その瞳に嘘がないか見定めようとしている。こういうとき、リーチは利一の持つ瞳の力を最大に発揮するのだ。嘘を嘘と思わせない、利一の瞳。誰もがこの黒目がちの可愛い瞳に騙される。
「手を組みませんか?」
 リーダーは片眉を上げて、顎を撫でた。
 まだ思案しているのだ。
 背後にいる仲間は二人でこそこそと何かを囁き合っては、リーチの方を時折ながめている。
『手を組んでどうするの?』
 トシがリーチに聞いてきた。けれどリーチも何か手があって、そういう提案をしたわけではない。
『……とりあえず体勢を立て直す時間が欲しい。で、気になった金が乗せられている場所に、誰がいて、そいつらが味方になってくれるかどうか、確かめたいんだよ』
 今のところリーチ達の孤軍奮闘だ。
 これではさすがにできることが限られていて、一人で鎮圧するのはかなり難しい状況だった。後、数名でいいから、それなりの訓練を受けた人間が味方に付けば、先行きも明るくなるのだが。
『でも上で騒ぎが起こっているのに、様子を見に出てこないって言うのも変だよね。それって、銀行が自分達で雇った人間だってことかも……。だから、自分達の仕事以外のことには目もくれないし、どうでもいいんだよ、きっと』
『……もしそういう奴らだったら、協力してもらうのは難しいかもな。……っていうか、外からしかアプローチできない場所とかいわねえよな?』
『それは分からないよ、リーチ。可能性としてはあるだろうけど……。でも格納庫や貨物室って基本的に内部からも出入りできる扉があるはずなんだけどね。でも、僕たちもハッキリ金のありかを知っている訳じゃないのに、はったりが利くかな……』
 ここにいる犯人達に、リーチは金のありかを知っていると豪語してしまったのだ。となるといずれその場所を聞き出される、もしくは自分から話さなければならないだろう。もちろん、例え今すぐその金に手をつけられない状態であったとしても、彼らを信用させ、納得させる答えを用意しておかなければならない。
「……お前達の計画はどういうものだったんだ?」
 しばらく沈黙していたリーダーが再び口を開いた。
「金を見つけたら、そのケースにGPSをつけて海に落とす計画でした。私も一緒にパラシュートで下りる予定でしたね。あとは他の仲間が拾い上げてくれるような手はずでした」
「軍には何名仲間がいる?」
「アメリカの空軍、陸軍、海軍、それぞれに役割を持った仲間がいます。名前、人数は申し上げられません」
「ほう……君はアジア系のようだが、随分と白人に知り合いがいるんだな」
「金には縁がありませんでしたが、友人には恵まれたんです」
 リーチの言い方が気に入ったのか、リーダーは声を上げて笑った。
「……面白い男だな」
「よく言われますよ」
「金の比率は?」
「役割にかかわらず、均等割です」
「均等?お前のリスクの方が大きいはずだろう?」
「いいえ。それぞれの役割に大きいも小さいもありません。それなりに皆リスクを抱えていますから」
「なるほどな」
 リーダーは腕時計で時間を確認すると、ようやく銃をフォルダに収めた。
「……とりあえず、しばらくここで大人しくしているんだな」
 そうリーダーが言うと、背後にいた二人がリーチを幾浦の座る椅子の隣に座らせ、両手を両脚を椅子に縛り付けた。幾浦はリーチをチラリとも見ずに前を向いている。
「私の提案、考えておいてくださいね」
 リーダーにリーチは声をかけたが、振り返ることなく去っていった。
 誰もいなくなったように見えたからか、幾浦が肘で突いてくる。もう話してもいいかという合図なのだろうが、通路の脇に見張りが一人いるのをリーチは気配で気づいていた。たぶん、幾浦と顔見知りではないのか確認するため、二人はここに残されたのだ。
「貴方も大変なことに巻き込まれましたね。私だけが金を狙っていたなら、もっとスマートに仕事を終えて出て行ったんですが……」
「……そう……そうですか」
 幾浦はやはりリーチを見ることなくそう言った。
 リーチが他人同士を装おうとしていることに気づいたのだろう。
 少しは頭が働くようだ。
「ところで……例の男性。とても綺麗でしたね~貴方にはとても勿体ないと思ったから、思わずさらってしまいましたよ。貴方の恋人でしたか?」
 世間話でもするようにリーチは続けたが、幾浦が今も緊張していることだけは、気配で伝わってくる。もっともこんな状況に陥って、冷静でいろというほうが無理な話だ。
「……いいえ」
 固い声で幾浦は答えた。
「じゃあ、お友達ですか?」
「ええ」
『リーチ、喧嘩売ってる場合?』
 幾浦に語りかけたリーチにトシは不満げな声を上げた。
『五月蠅いな。黙ってろよ』
『……変なことを言ったら……怒るからね』
『いいから黙ってろ』
「それにしてもどうしてハイジャックされてる飛行機内で、あんなことができるんです?私、男性の容姿にも驚きましたが、貴方の行動にもびっくりしましたよ」
 幾浦に説明をリーチは求めていた。
 ここでふざけた答えが返されたら、見張りがいるのを知っていても、リーチは幾浦に危害を与えるかもしれない。それほどの気持ちが込められた問いかけだった。
「……彼とは友達ですが、犯人達が強要してきたんですよ。振りでもしなければ、殺されていました」
「そうですよね、後ろから銃を突きつけられたらなんだって人間はしてしまいますよね」
 静かな怒りを立ちのぼらせてリーチは言った。
「本当にやったわけじゃない。振りをしただけですよ。それを見破られて、本気でやれと言われたら……彼がそれでもいいと言ったとしても私は断ったでしょうね」
 とりあえず満足できる答えだ。
「ここから逃げ出したら、ゆっくり口説きます。私、一目惚れしてしまったんですよ」
「彼は私の大事な友達です。貴方のような大それたことをする人間に、口説かせると思いますか?貴方はあのハイジャック犯と同じ穴の狢、犯罪者なんですよ」
「あはははっ……そうでした。面白いですね、貴方は」
 リーチが本気で笑っていると、機体が急に旋回を始めた。
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