Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第17章

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 来るぞっ!
 リーチは横切った男の肺にナイフを突き刺し、声を立てさせずに一気に殺すと、後ろから来ていたもう一人の男に飛びかかった。男はすぐさま銃を構えたがそれよりも先に、リーチが背後へと周り、男の首を腕で締め上げる。
「死にたくなければ声を立てないでくださいね。銃は床に落として下さい」
 首を絞められた男は歯の根を合わせてギリギリと言わせながらも、銃を床に落とした。リーチは男を引きずってキッチンに連れ込むと、男の口にナプキンを突っ込み、手足をエプロンの紐で縛り上げた。
 まず生かした方をそこに放置し、通路で倒した男の銃と、落とさせた銃を拾って二丁ともベルトに挟んだ。次に死体になった男をやはりキッチンに引き込んで、料理を運搬するエレベーターに押し込んでから、カバーを閉じると、アルが戻ってきた。
「……アル、彼の大事なところを噛んでいいですよ」
 アルは鼻に皺を寄せて、牙を剥くと、男の股間に長い鼻を近づけた。男は恐怖のあまり顔を真っ青にさせている。
「本当に噛まれたくなかったら、大声をたてないこと、私が聞くことに素直に答えること。約束できますか?」
 リーチの冷えた声に男は何度も頷いて見せた。
「じゃあ、口に入れたナプキンをとります。大声を出したら、この犬は貴方の大事なところを食いちぎって、二度と楽しい思いができないようにしますから、気をつけてくださいね。時々私の言うことも聞かずに暴走しちゃうんです」
 男はまた顔を縦に振った。
 リーチは口に詰めたナプキンを取り去り、男が唇を震わせながらも黙っていることに満足し、問いかけた。
「貴方達の目的は?」
「か……金だ」
「どこに行くつもりです?」
「……」
「もう一度聞きます。どこに行くつもりですか?」
「……」
「アル、片方食いちぎっていいですよ」
「私も知らないんだ。リーダーが知っている」
 男はあわててそう言った。
「知らなければ知らない理由を話してください。そうそう、私には嘘は通用しません。分かるんですよね、不思議なことに。だから嘘を付いたら一つずつ潰して、最後にはシンボルを潰します。いいですね?」
「わ……分かった……分かったから……それだけは頼む、やめてくれ……」
 意外に根性のない男だとリーチはややしらけていたが、尋問を続けた。
「あと何名、仲間がいるんですか?」
「十名だ」
「この銃はどうやって持ち込んだんです。というか……玩具にも見えますが、本当に殺傷能力はあるんですか?」
 ベルトに挟んだ銃を一丁手に取り、リーチは訊ねた。
 どう見てもお粗末な感じで、玩具屋に売っていてもおかしくないような代物だったのだ。撃って確認してもいいが、他の仲間を警戒させるだけで得策ではない。
「ある。貫通するほどの威力はないが、至近距離から撃てば人は殺せる。機内で組み立てたんだ」
「組み立てた?」
「プラモデルとして持ち込んだんだ。弾も硬いが鉄じゃないから持ち込みも容易だった」
 凄い手を使うと一瞬リーチも感心してしまった。
「乗客達は無事ですか?」
 もし名執や幾浦がすでに殺されていたなら、リーチはこの機内を血の海で染めてやるつもりで乗り込んできた。
「ああ……乗客には今のところ手を出していない。殺したのは客室乗務員だけだ。だが、さっきの揺れで怪我をしている人間はいるかもしれない……」
「……そうですか」
「お前は……どこに隠れていたんだ?客はすべてを調べて一カ所に集めたんだ。なのにどうして……」
「私を調べたところで、乗客名簿には載っていませんよ」
「お前は……なんだ?」
「正義の味方……とでも言っておきましょうか?」
「ふ……ふざけるなっ!」
 男が叫ぶと同時にアルは股間にかるく噛みついた。
「ひ……ひい」
「大声を上げないでくださいと話したでしょう?守れないみたいですから、アル、一つ潰しちゃってもいいですよ」
「や……やめてくれ……頼む……助けてくれ」
 男は弱々しい声を上げてリーチに懇願した。
「武器は銃だけか?」
「……ああ」
「自分達で作ったものばかりですか?」
「そう……そうだ」
「特殊訓練を受けていた過去を持つ仲間はいますか?」
 これは確認しておいた方がいいとリーチはここに来てからずっと考えていたことだ。もしそういった訓練を受けた人間が一人でもいるとやっかいなことになる。リーチの存在がばれたときに先を読まれる可能性があったからだ。
「いる。リーダーと副リーダー。他にも二人ほど経験者だ」
「じゃあ、貴方は経験がないのですか?」
「特殊訓練は受けていないが、他は皆、陸軍や海軍経験者だ。それがどの程度の知識としてあるのか私はしらない」
 ただの歩兵クラスなら、リーチも問題はない。けれど四名は特殊訓練を受けているのだ。どんな状況であっても冷静であることを訓練されている男を相手にするには、若干、骨が折れる。
「貴方はどうなんです?」
「私は……陸軍の歩兵だった。だから助けてくれ」
 歩兵だから助けてくれとはどういう理屈なのかよく分からないが、この男には信念がないのだろう。だからちょっとした脅しに、ベラベラと内情を話しているのだ。しかもリーチが見る限り嘘はついていない。
「助けて……ですって?ハイジャックした段階で死を覚悟していたのではないのですか?」
「違う……私は……ただ、銃を構えていたらすべて終わると言われたんだ。金が欲しかっただけだ」
 中心になる人間以外はろくでもない人間を集めたような感じがしていた。
「銃の威力……確かめてみたいですね」
 男の口に銃口を押し当てた。
「……う……うう……うう」
「冗談ですよ。おとなしくしているのなら、無用に殺す気はありません。乗客を誰も傷つけていなくてよかったですね。もし一人でも殺されていたら、貴方の命はありませんでしたよ」
 リーチはそう言って、口元に酷薄な笑みを浮かべた。
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