「空の監禁、僕らの奔走」 第22章
『なに?リーチ、何を考えてるの?』
『いや、天井裏って上れるのかな……っと思ってさ』
天井を眺めながら、リーチは考え込んでいた。上から這っていき、人質たちの様子をとりあえず確認して、次の手を決めたいのだ。闇雲に突入するわけにはいかない。人質たちにとっても、リーチたちが最後の希望なのだから、失敗はできないのだ。
『天井裏?家じゃないんだから……』
『電灯が上にあるということは、飛行機にも天井裏があるんだと思わないか?』
『少しばかり隙間はあるかもね。人間が這えるだけのものがあればいいけど』
トシはう~んと唸って、考え込んでいた。
『どうやって上に潜り込むか……ってことだな。穴が開けられるもの……持ってたっけ?』
リーチはポケットを探ってみたが、それらしいものは持ち合わせていない。
『後部に戻って、天井を引き剥がすしかないよ。電灯枠なら、なんとか無理やり剥がせると思う』
トシのアドバイスを受けて、リーチはいったんエコノミーの方へと戻り、キッチンへと入る。
『この辺りを剥がすか?』
『もっと後ろでやらない?戻ってこない部下たちを心配してまた誰か来るとしたら、見つかっちゃうよ』
トシの心配ももっともだ。
『……這っていく距離も考えて、俺はこの辺りから動きたかったんだけどな……』
ブツブツとリーチがトシと話していると、人の気配が背後からした。リーチはすぐさま、身構え、通路から見えない壁に身体を添わせた。
『なに?リーチ』
『犬を追いかけてきた奴らが戻ってこないから、また誰かやってきたみたいだな』
足音は二名分。ここでこの二人を始末すると、あと六名になる。とはいえ、四人も戻っていないことを事実として向こうが把握しているのなら、何か勘付いているかもしれない。
『倒す?』
『当たり前』
「なんだお前はっ!」
柱に添うようにして隠れていたリーチだったが、男の声と同時に、向けられた銃を蹴り飛ばし、すぐさま鳩尾を殴る。男はウッと唸って倒れ込むと、背後にいた男がナイフでリーチを突いてきた。
「……っと」
リーチはナイフを避けて腰を落とし、男の脚を払った。
「うわっ!」
体勢を崩した男のナイフを持つ手首を掴み、リーチはそれを首筋に当てて、馬乗りになる。
「静かにしてください。死にたいんですか?私はここで貴方の首を切り裂いても、一向に構わないんですよ」
サバイバルナイフを首筋にあて、利一の口調でのほほんと告げる。床に押しつけられた男は、目を白黒させて、何がどうなっているのか、分からない様子だった。
「……お……お前は……なんだ?」
「通りすがりですよ」
リーチが笑うと、男は目を何度も瞬く。
「とりあえず……しばらく黙っていてもらいましょうか」
男の鳩尾を思いきり叩き、黙らせた。
『……いつ見ても鮮やかだよね……リーチ。僕、こういう状況を目の当たりにすると、いつも思うことがあるんだ』
リーチが男の脚を引っ張って、今度は下の階に移動するのを見ながら、トシはため息をついていた。
『なんだよ?』
『なんか、リーチって僕の知らないところで、悪いことばっかりやってるんじゃないの?だって、すっごく手慣れてるもん』
『だろうなあ……お前はぼんやりしてるから、気付かないんだろ』
男を一階のトイレに押し込み、また階段を上ってもう一人の男を同じように、別のトイレへと突っ込む。そうして、助けが来てもどちらとも動きが取れないように、片足ずつ銃で撃ち抜いた。
『むう……なんかむかつく』
『お前の方がむかつくこと言ってるじゃないか。俺はね、悪いことばっかりやってねえっての。つうか、俺はすっごく優しいんだぜ~』
リーチはもとの場所に戻り、飛行機の後部へと移動した。
『……ごめん、今、無茶苦茶、可笑しかった』
『別にいいけどな……。とりあえず、天井裏だ。そろそろ奴らも変だと感じ始めて、大々的に俺たちを追ってくるぜ。仲間を救出される前に、動かないと……。やっぱ殺してこようかな……』
レストルームの電灯の枠を外しながら、リーチはブツブツとごちた。
『動けないようにしたから大丈夫じゃない?』
確かにどの男たちも、仲間に助けられたところで、加勢できないように手を打ってある。
『だけどなあ……殺しておいた方がよかったと後で後悔するのもなんだし……』
『それより早く上に登ったら?』
『分かってるって』
ようやく電灯すべてを取り去り、天井裏への道をつくると、リーチは簡易ベッドの縁に脚をかけて登った。あちこち配線が通っている天井裏は、真っ暗だと思っていたのだが、電灯の設置されている枠の部分に隙間があって、あちこち機内の光りが差し込んでいる。これならば、下の様子を隙間から窺うことができるだろう。
『意外に綺麗だな……俺、もっと埃っぽいかと思ったよ』
ほふく前進しながら、リーチはトシに言った。
『ほら、C整備っていって、飛行機って全部分解して点検するよね?その時に綺麗にするんじゃないのかな……』
変なことをよく知っているトシだった。
『飛行機のチケットは高いと思っていたけど、清掃料金も含まれてるってことか』
ワイヤーや、飛行機の枠組みになる柱を越えて、そろそろとリーチは移動する。どこまで行けばファーストクラスの場所になるのか、今のところよく分からない。
天井裏は、真っ直ぐな道になっているわけではなく、あちこち飛行機の骨組みが横断しているのだ。場所によると、小柄な利一だからくぐり抜けられるという、あまり嬉しくないところもある。
『……清掃料金って……違うけど、もういいけどね。今、真ん中くらい?』
『ちょっと待てよ。下を覗いてみるから……』
光りが差し込んでいるところから、そっと下を窺ってみると、視界は狭いが床や座席が見えた。
『真ん中みたいだな……もう少し先だ……あっと』
犯人のうち、二人が後部座席に向かって通路を走っていくのが見えたのだ。そろそろリーチたちの存在に気付く頃だろうと思ったが、予想は的中していた。
『やばいな……後ろから撃たれることはないと思うけど……。なんか嫌だな。俺、背後を取られるの、嫌いなんだよ』
また前に進みながらリーチはげんなりと言った。
『撃たれる前に撃てばいいじゃない?』
『機内に穴を開けることは避けたいんだよ。この銃がどれほどの威力があるのかはしらないけどさ。だから奴らも、俺たちに銃を向けても撃たなかった。小さな穴が命取りになるのが飛行機だからな』
『銃を撃つ基本を押さえておけばいいんだよ。ほら、警察学校時代習ったよね?』
『背後に障害物があるのを確認してから、撃て。だろ?』
『そうそう。人間っていう障害物があるじゃない』
トシは明るく、恐ろしいことを言う。
『まあな。……と。そろそろファーストクラスかな……』
明かりの漏れている場所から、リーチは下を覗いた。
そこで、信じられない光景を目の当たりにしたリーチは、一瞬声を失った。
『嘘……恭眞がどうして……雪久さんを……』
そのトシの声も、リーチには遠くから聞こえた。