Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第27章

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『喧嘩してる場合じゃねえだろ……つうか、ここで二人とも死ぬ気か?』
 ため息をついてリーチが言うと、少しだけ状況を把握したトシが昂ぶっていた気持ちを抑えて深呼吸をする。同時に強張っていた身体の自由が指先からゆっくりと戻ってきた。こんなふうに身体の自由をトシに奪われたことがなかったリーチは、内心は動揺していたものの、表面上は平静を装っていた。
『……銃、突きつけられてるよね』
 トシはぽつりと言った。少しばかり頭は冷えているようだ。
『お前のせいでな』
『リーチが悪いんだよ』
『まだ言うか?俺は幾浦を助けようとしたんだぜ』
 そういう気持ちはこれっぽっちもなかったリーチだ。自分でも何を幾浦にしようとして突進したのか分からないほど、怒りに取り憑かれていた。けれどそれをトシに悟られるわけにはいかない。
『嘘ばっかり……』
『……ていうかなあ、悠長に話してる場合じゃねえんだよ……』
 後頭部に押しつけられている銃口は未だ離されずに、鈍い感触を伝えている。ただ、警告のベルは鳴りを潜めていることから、リーチは安心していた。
『リーチにとって雪久さんが大切なように、僕にとって大切なのは恭眞なんだ。それを頭の中に叩き込んでくれる?でなきゃ、また、僕、同じようにリーチの行動を抑えるよ』
 自信満々というふうではなく、淡々と、言い聞かせるような口調でトシは言った。
『分かった、分かった。そう凄むなよ』
 チラリと幾浦の方を向いて、リーチは言う。
 幾浦は椅子に縛られながら、相変わらずリーチの方を見つめて、目を凝らしていた。その瞳には、目の前にいる男が利一であることを、未だ気づいていない様子だ。いや、頭の中では、自分の名前を呼ばれた声で、もしやという誰かを連想しているに違いない。そういう複雑な表情を幾浦はしていた。
「動くな。動けば、次に目覚めたらあの世だ。さて、どんな顔をしたヒーローだ?」
 スキー帽を引っ張られたリーチは、あっという間に素顔を晒され、同時に驚愕している幾浦の視線と目が合う。けれどリーチは幾浦を睨み付け、知らない振りをしろというメッセージを込める。それを理解したのかどうかは分からないが、幾浦は驚きこそすれ、リーチの名前を口にすることはなかった。
「なんだ……学生か?こんなガキに振り回されていたのか?」
 犯人の男が背後で呆れた声を上げた。実際は二十五になっているのだが、童顔なせいか、学生に見られているようだ。
「それで……まずどうやってここに潜り込んだ?名簿でチェックしてみたが、どう数えても一人多い。お前の分だ」
 グリッと銃口をさらに押しつけられたリーチはため息混じりに答えた。
「密航……っく!」
 グリップで殴られたリーチは床に身体を打ち付けた。後頭部が痛みでガンガンしているが、この程度なら問題はない。けれどリーチは大げさに痛がっているふうを装った。そうすることで相手に隙を生み出そうとしているのだ。
「船ならいざ知らず、厳重にチェックされている飛行機に密航できるわけなどないだろう?」
「やろうと思えばできます」
 リーチは身体を起こして、犯人の方を向く。目前にはリーダーとおぼしき威圧感を持った隙のない男が立っている。その背後に二人、やはり銃を構えていつでも撃てるような状態で、リーチを見据えていた。
 さて、どういった言い訳をすればこの場を逃れられるのか、リーチはすでにいろいろと考えをまとめていた。もちろん、人質救出のためにきたなどと本当の事を話すわけにはいかない。利一にとって人質は二の次であることをアピールしなければ、それを逆手に取られて、不味い立場に陥ることになるからだ。
「密航などというふざけた言い訳は信用などしていないが、もしそうだとしてその理由はなんだ?」
「この飛行機に乗っているお金ですよ。もっとも、私と同じように考えた人達がいたようですが」
 あくまでリーチの目的は金だと告げた。
「じゃあ、俺たちにとってお前は予定外の客だったが、お前にとっては俺たちがそうだったとでも言いたいのか?」
「その通りです」
 リーチは真剣な表情を作り、あくまで自分の話していることが事実だと言葉に込める。
「……それを信用しろと?」
「それだけの価値のある金がここにありますよね?何ヶ月も前から私はこの日のために計画をしてきたんです。それが、貴方達のせいで滅茶苦茶ですよ……。私のやり方なら簡単に金を運び出して、流血なんて無関係な結末を迎えられた」
 あくまで冷静に、そして淡々とリーチはそう言った。
 リーダーは銃をリーチに向けたまま、品定めをするように、リーチの姿を上から下、下から上へと見て、自由な方の手で顎を撫でた。
「ここにお前の仲間はいるのか?」
「いいえ。人が多いからといって成功することではありませんから」
「は、まさか、一人でできることだと?」
 男は、驚きに満ちた目をリーチに向けた。リーチが本心からそう話しているのか、それともはったりを口にしているのか、判断しようとしている。
「ここにはいないと言うだけで外にはいます」
「外にいてもお前の助けにはならんだろう?」
「一般人じゃありませんから。軍の人間を巻き込んで、味方にしています」
「軍の人間だって?」
「ええ。だから私は密航できた」
「信じられないね」
「私が密航したことですか?それとも軍の人間を味方にしていることですか?どちらが信用できないんです?」
「どちらもだ」
「どうしてです?この機には一生かかっても使い切れない金があるんです。しかも、番号が控えられていない、面倒なマネーローンダリングも必要がない金です。軍に対する忠誠よりも、現実的な金を手に入れる方に魅力を感じる人だっている。そんなことくらい、あなた方が一番よく知っているんじゃないんですか?」
 リーダーの男はようやく銃口をリーチから外した。けれど、まだ左右に振っていて、いつでもリーチの額を打ち抜ける用意はしている。完全に信用しているわけではないのだ。
「……お前の事情は分かった。だが一つだけ腑に落ちないことがある。どうして俺たちの仲間を殺したり、傷つけたりしている?」
「分け前の取り分は人数が少ない方が、より多く手にはいるからですよ。だって私からすると、貴方達の存在が余計だったんです。私にもここにはいませんが仲間がいます。後で取り分でもめると困るんですよ」
 リーチが可愛らしい顔で酷薄な笑みを浮かべてみせると、リーダーは口の端を歪めてニヤリと笑って言った。
「手を組むか?」
 リーチはすぐさま答えることはなかった。
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