Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第18章

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『リーチ、殺さないの?』
 トシの方が怖いセリフをサラリと言った。
『お前がそう言う方が怖いぜ』
 男の口から銃口を外して、リーチはため息をついた。
『そうなんだけど、ほら、捕まえた犯人達を隠しておいてもさ、見つかってまた解放されちゃったら、僕たちの努力は水の泡にならない?』
 トシの心配ももっともだ。一人、また一人と捕まえて一カ所に拘束しておいても、誰かが一人、それを見つけて解放すれば、また同じ人数を相手にしなくてはならない。しかもその場合、こちらの存在が知られた状態になるのだから、不意をつくことが難しくなる。
『全員殺してやってもいいんだけどな。どうするかなぁ』
 リーチは目の前の男をしげしげと眺めながら思案した。
『……でも人の命を簡単に奪うのよくないよね……。彼らは犯罪者だけど……さ。なんとなく寝覚めが悪いし、後で恭眞に知られるとちょっと……リーチはどう?』
 トシは急に尻込みしていた。リーチはどちらでもいいが、トシの方が普通の人間の反応だ。リーチにはこういう犯罪を犯す人間に対し、トシのような哀れみの気持ちや後悔がない。
『もちろん無実の人間を殺したら問題もあるだろうけど、こいつら犯罪者だからなあ。こういう状況の殺人は、後で知られたとしてもとやかく言わないだろ』
 ことを終わらせたら姿を消すことにしているのだから、何人殺したところで、利一の名前など公には出ないだろう。
『でも、もし……その、彼らが人質を殺さないっていう主義でももっていたらどうする?こう、無血で物事をすすめようとしてるとか?』
 ハイジャックをするために、銃まで用意した奴らだ。計画的にことを進めるような犯人達にそういう気持ちがあるとは考えられない。
『やつらの考えなんて知らねえけど……まあ、保険のために撃っておくか』
 キッチンにあるタオルを二枚取り、一枚を男の口に、もう一枚を銃口に巻き付けて、リーチは男の両太ももをあっという間に撃った。男は呻きながら、だらしなく涙を流して、リーチに何かを訴えるような目を向けていた。
「う……うう……う~……」
「申し訳ないですね。これなら、逃げ出せないでしょうし、貴方が仲間に見つけられてもその足だと、邪魔できないでしょうから。死ぬよりいいでしょう?」
 そう言うと、男はまぶたを何度も開閉させる。多分、同意しているのだろう。
「貴方も運搬用のエレベーターに入ってもらいます。いいですか、ここから逃げ出そうとしたり、暴れて仲間を呼ぼうとしたのが分かったら、殺します」
 今度男は頭を上下させた。
 リーチは死体を入れた隣に、男を突っ込んだ。男は隣に死体があることで目を大きく見開いて震えている。どうしようもなく根性がない男だ。
「実は私、特殊工作員なんです。穏やかに話してますけど、怒らせると怖いですよ。だからおとなしくしておいてください。そうすれば、この機は無事に着陸して、貴方の命は最後まで貴方のものです」
 あまりにも怯えている男を見て、さらにリーチはそう言い添えて男を怖がらせてから、ドアを閉めた。
『リーチ何言ってるんだよ……』
 リーチはトシの言葉を聞きながら、床に落ちた血を拭い、血の付いたタオルを引き出しに突っ込む。アルはおとなしく側に座って尻尾を振っていた。
『あはは。一度特殊工作員とか言ってみたかったんだよなあ~格好いいだろ』
『……いいけどね。それで、次はどうする?』
『そうだな……アルの作戦はもう一度くらい使えると思うか?』
『今の二人が帰ってこないことで不審に思って、どうせまた雑魚がやってきそうだよ。こっちから動くより、向こうから来るのをしばらく待ってみてもいいんじゃない?』
 トシの言葉も一理ある。
 確かにしばらく待ってからでもいいだろう。
『でも、ここで待つより後尾で待った方がいいかもな。あっちにも小さな部屋があった。今度捕まえた奴はそっちに突っ込もう』
 リーチが手鏡で通路を確認し、誰もいないことが分かると、キッチンから出て、飛行機の後部にあるレストルームへと歩き出した。
『ここじゃ駄目なの?』
『生きた犯人を同じ場所に拘束するのは得策じゃない。二人いれば、よからぬことを企むからな。捕まえた奴らはできるだけ孤立させて閉じこめる方がいいんだ』
 アルはリーチの後ろをついて歩く。
 吠えることもせずに、忠実に従うアルはやはり人間の言葉や状況を理解しているのかもしれない。
「アル、お前は俺が隠れている場所の通路で尻尾を振ってろ。いいな?」
 リーチの言葉に、アルは大きく尻尾を振った。



 名執はレストルームに死体を運び込み、そっと簡易ベットに横にした。その隣には先程みた男の死体がある。心の中で二人に手を合わせながら、名執は二人に毛布をかけた。
「他に客室乗務員の中に怪我をされたかたがいらっしゃいましたが、その方も診て差し上げたいのですが」
 背後にいる監視役の男に名執は振り返ったが、男は舐めるような目を向けて立っていた。
「あんた、その顔で男か?」
「……男性です」
「へえ……脱いで証明してみろよ」
 男は銃口で名執の襟元を広げる。それをやんわりと払って名執は言った。
「男性だと申し上げています」
「だから、脱いで見せろと言ってるんだよ」
 名執によって払われた銃口をもう一度向けて、男は言った。
「治療を待っている方がいらっしゃいます。そんなことは後で……ひっ!」
 頬を叩かれた名執はその衝撃で床に倒れ込んだ。
「なあ、あんた、男にしておくには勿体ないぜ。違うか?」
 倒れ込んだ名執の上にのしかかった男は、いやらしい笑いを口元に浮かべていた。
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