Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第31章

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 タイミングを計っていたリーチは、相手の隙をついて、声を上げさせる暇も与えず、犯人の一人を気絶させた。殺してもよかったのだろうが、あまり死体がゴロゴロと転がるのも寝覚めが悪い。
「こいつだけだな……」
 リーチは見張りの犯人を引きずり、トイレに押し込む。それを終えてから、幾浦のところへ戻り、拘束を解いた。
「もう他人同士の顔をしなくていいのか?」
 幾浦は小声でそう言った。
「まあな……」
「……悪かった。もしこのことがお前にばれなかったとしても、私はお前に打ち明けるつもりだった」
 どこか神妙な顔をして幾浦は言った。
「……俺は……全面的に許した訳じゃない。けど……お前の機転でユキが生きてるってことだけは確かだと、そう、理解しようとしてる」
 リーチは深いため息をついた。
「そうか。理解しようと努力してくれるのならそれでいいさ」
 幾浦は心なしかホッとした顔をしているが、まだピリピリしているようだ。
「で、幾浦はこれを扱えるよな?」
 倒した見張りから奪った銃を幾浦に差し出す。幾浦は迷うことなく銃を手に取った。
「ああ。大丈夫だ」
「俺たちはコックピットを奪取するつもりだけど、幾浦にどうしてもやってもらいたいことがあるんだ。前の席にいる人質を貨物コンテナにできるだけ移動させて欲しい。いくら俺たちが頑張ったところで、人質を盾にされると後々目覚めが悪いことになりそうだからさ」
 リーチにとって一番確保したかった名執は手の中にある。その他の人質はどうでもいいのだが、そう冗談でも口にすると、トシから非難されるのは目に見えていた。
「私にそんなことができるだろうか……」
 幾浦は端正な顔をやや青ざめさせて、手の中の銃を見つめていた。
「俺たちが奴らを引きつける」
「お前が囮になるというのか?」
 眉間に皺を寄せた幾浦は不快感丸出しだ。きっとリーチのことではなく、同居しているトシのことを気遣って、こういうセリフが出たのだろう。
「まあな。幾浦からするとこの身体にトシがいるから、納得できないかもしれないけどな、誰かがやらないと、この飛行機を乗っ取ってる奴らが目的を達したら、俺たちは皆殺しだ。どうせ死ぬ運命なら、わずかの希望を目標にして、逆らうしかないだろう?」
「……確かに」
 幾浦はうっすらと額に汗を浮かばせて、そう言った。
「ユキやアルがいるのは貨物庫だ。前方にある階段を下りて後方に向かうと貨物庫に行くドアがある。ただ、もしかしたら奴らの仲間がうろついてるかもしれない。奴らは金のありかをいま必死に探して、前後共にある貨物庫を探し回ってるはずだからな」
 リーチは奴らに引き剥がされた帽子を手に取り、また顔を隠すように被る。
「それで、私はどう動けばいいんだ?」
「俺がとりあえず、貨物庫までの通路の障害を始末してくるから、しばらく隠れて待っていてくれよ」
 最初、そうしていたように、顔を隠し終えると、リーチは犯人が所持していたサバイバルナイフを手に持った。
「隠れているのはいいが……どうやって人質を移動させる気だ?人質は奴らが監視しているだろう?」
「俺がコックピットで暴れて奴らを前に引きつけるから、その隙に人質を貨物庫へ移動させて欲しいんだ。一人残らずという気持ちは捨てろ。自分の命を第一に考えてくれよ。無茶だけはしないでくれ。でないと今度は俺がトシに殺されるからな。まあ、犯人達も俺が始末したのもあわせると、随分人数を減らしてるし、ここに戻ってくるまでにまた減らして帰ってくるからなんとかなるだろ」
 リーチはそう言って、幾浦の肩を叩いた。
 幾浦は不安の滲む顔をしていた。
 


 名執は暗闇の中、ようやく慣れた目でキョロキョロと辺りを見回していた。けれど胸の内に巣くっている不安は、リーチに会えたことで少しましになったものの、すべてを払拭するまで至らなかった。
 ここにいつまでいれば良いのだろうか。
 名執はぶら下がっていることに疲れ、はしごを下まで移動し、座り込んでいた。
 目の前にある巨大な車輪は、こちらを襲うことなどないのだが、その大きさで名執を威嚇していた。そして、轟々と低く唸るような機械音がずっと響いていて、名執の不安をかき立てる。
 怖い……。
 はしごの一番下を掴んだまま、名執は俯いた。
 上でリーチが奔走して、今の状況を何とかしようとしてくれているはずだ。
 けれど、名執には何もできない。ただ、こうやってじっと時間が経つのを待つことしかできない。加勢したい気持ちはあるが、そうすると足手まといになることだけは確実だ。自分の存在自体が、リーチにとって弱点になることを名執は充分理解している。だからリーチが呼んでくれるまでここでじっとしていなければならないのだ。
 浅くても眠ることができれば、自ずと時間が過ぎていくのだが、こう言うときに限って目が冴えてしまい、眠りに落ちることができない。
 こうなると一分一秒が普通よりも長く感じる。
 頭上から機械音ではない、何か人が歩くような音が聞こえた。
 名執はまた頭上を見上げ、目を凝らし、耳を澄ませた。するとコトコトと小さな音が左右に揺れるように耳に聞こえる。
 やはり誰かがいるのだ。
 リーチなのだろうか。
 それとも犯人達がウロウロとしているのか。
 名執ははしごに手をかけてまた登った。近くで耳を澄ませた方が、もう少し向こう側の様子を詳しく想像できると思ったからだ。
 もし犯人達が貨物庫に入ってきたなら、上にいるアルが威嚇して吠えるだろう。その声を頼りに判断すればいい。
 名執は下りたときと同じように、音を立てずにはしごを登った。
 ちょうどはしごの真ん中まで来たところで、低い機械音が連続で響き渡る。何事かと名執がキョロキョロしていると、閉じているはずの床が開こうとしているのが視界に飛び込んできた。
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