Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第38章

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「ユキっ!大丈夫か?」
 背を折り曲げている名執に、リーチは駆け寄った。
「大丈夫です。ベルトをしているのに、立ち上がろうとしてしまって……。私……馬鹿ですよね……」
 緊張感が急に失われたためか、名執はクスクスと笑っていた。そんな名執を見て一番ホッとしているのはリーチだ。
「笑えるってことは、いいことだ……」
 はあ……と安堵から出る息を吐いて、リーチは名執のベルトを外した。
「痛いところはないか?骨とか折れてねえだろうな?」
「ええ。ただ、隠れていたときに床が開きそうになって……はしごに必死に掴まっていましたので、それで、打ち身のような青あざはできてます」
 その言葉にリーチが名執の腕を捲ると、確かに白い肌が鬱血して、醜い痕を残していた。もちろん、時間が経てば治る傷なのだろうが、腹立たしくて仕方がない。ただ、原因の男は外へと放り出した。今ごろ地獄に落ちているはずだった。
「……もう安全だからな……」
 ベルトを外し終えると、リーチは名執の身体をギュッと抱きしめた。リアルに感じる名執の香りに、ようやく危機が去ったのだという気持ちになれる。ベッドがあれば、このまま二人で雪崩れ込んでいただろう。
「こうしていると……ホッとできます」
「俺も。でもな、理性では落ち着いてくれない場所が、こうやってるとむずむずしやがって……抑えるのに必死なんだぜ」
 危機的状況であるのに、性欲がいつもより激しく自分を揺さぶっている事実に、リーチは苦笑するしかない。背後でトシがじっと二人を見つめていることも分かっているのに、これだ。
「でも私は……飛行機に乗る前から……ずっと貴方に触れられたくて……我慢してるんです。だっていくら誘っても、リーチは私を抱いてくださらなかったでしょう?」
 リーチが抱きしめている腕の中で、名執は口を少しばかり尖らせて、甘えたような口調で言った。
 薄茶色の瞳には曇りなく澄んでいて、艶やかな肌には血色が戻っていた。唇もしっとりと潤い、エロティックに光に反射する様子は、見ているだけで食いつきたくなる。
「……ユキ……これ以上、俺を煽るなよ……」
 額にかかる髪を撫で上げ、リーチは言う。
「少しでも私の欲望を宥めるために……キスして……リーチ……」
「ああ……キスだけ……だからな」
 自分に言い聞かせるようにそうリーチは呟き、柔らかな唇を味わうようにゆっくりと口を合わせる。舌を差し込むのも慎重に、名執の口内に侵入した。名執の舌を吸い上げると、それだけで心地よくて、リーチは恍惚とした表情になりそうだった。
「……ん……んん……」
 クチュクチュと音をたてて舌を吸い、そして丁寧に口内をなぞる。思わず胸へと伸びるリーチの手を、名執が振り払うことはなかった。
 数え切れないほど、名執とはキスを交わした。飽きるまで何度もキスを繰り返し、舌を絡めてきた。それでもキスをするたびに、新鮮な気持ちになり、感じる甘美さも違っている。
「あ……っん……」
 唇が離れると、名執は鼻から抜けるような声を上げ、リーチは下肢が疼いた。
 このまま名執を抱きすくめ、シャツを剥ぎ、直に触れるとたまらない肌を味わい、ずっと我慢していたあの場所へ、指先を伸ばし、触れ、弄り、欲望を遂げたい気持ちに駆られる。手の中で弾ける白濁した蜜の手触り、名執の身体の奥でしか感じられない、強烈な快感を触れているだけでリアルに思い出し、リーチの欲望を揺さぶるのだ。
「ユキ……」
 名執の表情は、リーチを求めていた。
 もう、我慢ができないと、名執のシャツに手をかけた瞬間、今まで黙っていたトシが怒鳴った。
『……もう、いい加減にしてよっ!どうしてリーチは性欲大魔神なんだよっ!ここ、どこだと思ってるの?公共の場所でしょ?飛行機だよ?しかも空飛んでるんだよっ!ううん、ハイジャックされてる場所でしょ?そんなところでどうして、エッチしたいって思うの?誰かが来たらどうするんだよ――――っ!』
 キーッと耳が痛くなるほどトシは叫び、花畑で暴れている。真面目な男は、少しばかりの暴走も許せないらしい。
『……お前に俺の気持ちが分かってたまるかっ!だいたい、お前らはユキがこんなだからって、さんざん俺にかくれてあの根暗やろうとやりまくってたじゃねえかっ!俺の尻は誤魔化せないからなっ!どんだけ気持ち悪い日常を送ったと思ってやがるんだよっ!』
『……それを言われると困るけど……。いつもはリーチがいい目をしてるんだから、ちょっとくらい我慢してよね。そんな以前の話はいいから、早く、恭眞のところに行こうよ。あっちが心配だと思わない?』
 怒鳴っていたトシの声が少し収まり、リーチは深呼吸しながら名執の身体を離した。
「リーチ?」
「ごめん、ユキ。トシが起きててさあ、俺はいいんだけど……やっぱ見られたら恥ずかしいだろ?だから……もう少しだけ我慢してくれよ。俺も……マジで限界なんだけど、後でギャーギャー五月蠅いから……」
「……あ……はい」
 名執はトシが起きていることを知り、顔を真っ赤にさせて乱れた衣服を整える。先程見せた、エロスの固まりのような雰囲気は、すでに消えていた。
 残念だなあ……。
 もう、やっちまってもよかったんだろうけど……。
 俺だって、充電してえよ。
 もう一ヶ月はやってねえんだぜ。
 日本に帰ったら……一日中やってそうだよなあ。
 なんかもう盛りのついた獣って感じ?
 あれが乾く暇なしって感じでやってんだろうな……はは。
 一人でニヤニヤしていると、名執は怪訝な顔を向けた。
「どうなさったんですか?」
「いや……なんでもない。幾浦のところに行くか。多分、もう奴らの仲間は数名だと思うんだけど、雑魚は問題ないだろう。数名片づけたら、あとは着陸するだけだ。もうすぐ帰れるぜ」
 リーチは名執と手を繋ぎ、通路を歩く。
 最悪の時をようやく乗り切った安堵があったのだ。
「早く……帰りたい……」
「俺も……マジで帰りたいぜ」
 もう、問題はないはずだと楽観していたリーチだったが、とてつもない問題があることを、この後、機長から聞かされることになった。
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