Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第30章

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『旋回してるよ、リーチ』
 斜めに重力がかかり、小さな窓から見える雲が斜めになっている。
『ああ……』
『きっと、目的地に行こうとしてるんだよね……』
『だろうな。砂漠のど真ん中にでも飛行機を下ろして、そこで仲間と合流する気でいるのかもしれねえな。つうか、こっから逃げた方がいいんだよなあ……』
 リーチはチラリと幾浦を見たが、強張った顔つきで前を向いたままだ。
『……僕、恭眞と話がしたい……』
 トシはぽつりと言った。
『あ?今は駄目』
『リーチは雪久さんと話をしたじゃない……』
『通路の向こう側に、利一と幾浦が知り合いじゃないかどうか、こっそり聞き耳を立てている奴が一人いる。こういう状況じゃあ、駄目だ』
『……むう』
 トシの気持ちは分かるが、もう少し我慢してもらわなければならないだろう。
『つうか、もし、金を守っている奴らとコンタクトが取れるとしたらどこだと思う?』
 一体どういう人間が金を守っているのか知らないが、どうしてもリーチは味方にしたい。そのためには会わなければならないのだ。
『僕たちが通ってきたのは後方貨物コンテナ室だから、あと、前方貨物コンテナと、後方バラ積み用の貨物かな……どっちにいるかっていうのはちょっと分からないけど……』
 思い出すようにトシは視線を彷徨わせて言う。
『内側から入れるか?』
『それは分からないよ……とりあえず行って見てみないと……』
 う~んとトシは唸る。
 確かにその通りだろう。行ってみなければ分からない事が多すぎる。
『でも、前方と後方、極端に離れてるから、手が出しにくいな。つうか、様子を見に来いっていうんだよな……ったく、上でドンパチやってたら、普通、見に上がってくるはずだっての』
 内側に入る出入り口がないからか、それとも分かっていてかかわりたくないのか。どちらにしても、そんな奴らとコンタクトを取って、彼らが協力してくれるというのだろうか。
 リーチは苛々としながら、拘束されている手をごそごそと動かし、ロープの隙間を広げていた。
『でもさあ、リーチ。やっぱり僕たちはマスクが必要だよね』
『ん?』
『日本で今行方不明になっている利一が、ハイジャック犯と対決してるなんて……後でばれたら大変だよ~』
『モンタージュを作られたら大変だよなあ。まあ、外国人から日本人を見るとみんな同じに見えるらしいから、多少顔を見られてもいいんだけど、人質になってる日本人には見られたくないかもな……』
 両手を必死に動かして、それでいて顔は涼しげに取り繕い、リーチは言った。少し拘束されているロープが緩んできている。これをもう少し広げたら、手は自由になるだろう。リーダーが戻ってこないうちに、ここから逃げ出さなければならないのだ。
『……リーチ、あのさあ』
『なんだ?』
『どこにいるか分からない、金を守ってる人達と手を組むことを考えるより、コックピットをまず奪還する方がいいんじゃないの?僕はその方が前向きだと思うし、たぶんいるだろうとか、協力してくれるかもって、漠然とした希望よりはいいと思うよ』
 トシの言うことももっともだ。
 コックピットを奪還しなければ、どうにもならない。
 もっとも、奪還したところで、人質を殺すぞと脅されると困る。
『人質だよ……トシ。そいつをなんとかしないと……』
『僕も考えてるんだけど……。パラシュートがたくさんあったらさあ、映画みたいに、高度を下げて、人質を逃がすんだけど……。もしそれができたとしても場所の特定しにくい海上でそんなことしたら、ハッキリ言って遭難しちゃうよね……』
 深いため息をついてトシは言う。
『……幾浦がこういったことに協力できる男だったらよかったんだけどな……』
 一人が囮、一人が人質を連れて逃げるというやり方でしか、今のところ解決策がない。逃がす場所がないことから、貨物室に逃げ込ませ、内部から扉を閉ざす。囮になった方は、コックピットの奪還も同時に行い、貨物室を開けられるまでに飛行機を安全なところに下ろすのだ。
『恭眞は……身体はがっしりしてるけど、そういう武道を修めてないから……無理だよ』
『だなあ、コンピューターオタクだからな』
『……言い方には腹が立つけど、言いたいことは分かるよ……』
 けれど、どうにかして人質と犯人を切り離し、コックピットを奪還しなければならない。もう一人、危険を承知で自由に動ける人間が欲しい。
『考えろ……何か方法ないか?』
『……僕たちが二人分かれていたらよかったんだけど……』
『……やっぱり幾浦にやってもらおう。人質を貨物に誘導してもらうんだ』
 幾浦は銃を扱える。
 そのことをリーチは思い出したのだ。
 全くの素人に銃を扱わせることはできないが、一応訓練を受けている男になら、大丈夫だろう。いや、そうリーチは思いたい。
『ええっ!』
 ようやく手の拘束を解いたリーチだったが、もちろんすぐさま動かない。隠れている男の気配を窺い、気の弛みを見せたときに飛びかかるのだ。
『幾浦は銃を扱えるからな。あそこに隠れてる奴をとっつかまえて、銃を奪ったらそれを幾浦に渡す。俺たちが囮だ。幾浦に人質をどこかに隔離してもらわないと、俺たちも自由に動けないだろ。動ける人間は限られてるし、信頼できる相手も同じだ。幾浦ならいろいろ経験してきてるから、震えて動けない奴じゃねえってことは俺も分かってる』
 リーチの言葉にトシは目を細めて、怪訝な表情をしていた。
『なんだ?』
『信頼してるって?』
『信頼したくなくても、知り合いはこいつしかいないだろ』
『なんだよそれ』
『言葉のあやだろ』
『とにかくだ、幾浦に動いてもらう。それしか飛行機を奪還する方法はねえよ』
 隠れている犯人がチラチラとリーチ達を窺うように、時折柱の陰から顔を出しては、引っ込める。その間合いを計りながら、リーチは未だロープに縛られているふりを装っていた。
『でも……危険だよ』
『ああ、この飛行機には安全なところなんてねえんだよ。腹をくくってもらうしかねえ』
 リーチは神経を研ぎすまし、飛びかかるタイミングをじっと待っていた。
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