Angel Sugar

「空の監禁、僕らの奔走」 第26章

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『この機に招待した覚えのない、ヒーロー志願の男が一人紛れているようだが、さっさと出てこないと、人質を一人ずつ殺していくぞ。五分以内に上がってくるんだな』
 アナウンスはそれだけで、切れた。同時にアルがやってきて、リーチの足元に座り、くうんと鼻を鳴らす。
『リーチ、どうするの?』
 トシがまた声をかけてきた。
『……どうでもいい』
 リーチはアルの頭を撫でて、ため息をついた。
『はあ?何言ってるんだよっ!』
『俺が出て行っても、行かなくても、人質は殺されるだろう?それ、分かっていて、ノコノコ出て行けるかって』
 のほほんとした口調でリーチが言うと、トシが切れた。
『雪久さんが安全なところにいるからそういうことを言うんでしょ?なにそれっ!まだ恭眞は人質にとられたままだし、飛行機だって犯人の手に落ちたままだよっ!僕たちが何とかするんだろ?リーチ、ちゃんとしてよっ!』
『幾浦が向こうの手に落ちてるからってなあ、そいつはどうしようもねえだろ。お前が冷静になれって。俺は至って冷静だぜ』
 フンと鼻を鳴らしてリーチが言うと、トシはもごもごと言葉にならない悪態を付く。トシの怒りも理解できるものの、リーチはまだ幾浦を許していない。
 今はとりあえず気持ちを落ち着かせているものの、幾浦の姿を見たら自分がどういう行動に出るのか、その時にならなければ分からないのだから、どうしようもなかった。
『ここの出入り口は一つ。てことは、ここを開けたらいきなり蜂の巣ってこともあり得るんだぜ。冷静にならないとなあ~』
 別にふざけた言い方をしたわけではないが、トシは怪訝な表情でリーチを見つめていた。
『じゃあ、どうするつもり?』
『パラシュートを探して、逃げるとか』
 冗談で言ったが、トシはまた顔を真っ赤にして睨み付けてきた。
『……冗談だって。パラシュートがあってもこの高さからじゃあ、飛び出したら死ぬな。とりあえず向こうの出方を見るために、外に出るしかねえか……』
 リーチは彼らから奪った銃や、ナイフ、スパナなどの装備を確かめ、扉に手をかけた。今のところ人の気配がない。犯人達はここから去っていったか、罠を仕掛けるためにどこかで準備を進めているかどちらかだろう。
 リーチは壁に背を付けたまま、扉を開けた。分厚い鉄の扉だが、音も立てずに開く。けれど銃弾も飛んでこなければ、人が駆け込んでくる様子もなかった。
『仕方ねえ、隠れていてもどうしようもねえし、とりあえず討って出るか……』
 ナイフを構えたまま、通路へと出て、柱の陰に身を隠しつつ、前へ前へと進む。どこかで待ち伏せをされているのではないかとリーチは危惧していたが、どこにも人の気配はなく、ただ静かだった。
「アルはここで待ってろ。いいな?妙な奴らがやってきたら吠えて教えてくれ。ここにはユキがいるんだからな。お前が見張りをしてくれ」
 ついて来ようとしたアルをリーチは押し止めて言った。するとアルは鼻を高々と上げて、一声吠える。了承してくれたのだろう。
『本当に誰もいないね……』
 トシは不安な声でそう言った。
『……ああ。いろいろ企んでるんだろうな……』
 懐深く誘い込み、一気に片を付けるつもりでいるのかもしれない。
 同時に何人もの犯人と対峙するのはリーチも避けたかった。特に広い場所だとあっというまに囲まれてしまう。本当は狭い通路で一対一になれるような状況が一番良いのだが、相手がプロだとこちらの考えなどすでに読まれていて、リーチが有利な状況になど簡単にさせてもらえないことだけは確実だ。
 とりあえずは、広い場所を避け、できるだけ柱の陰や、通路の陰に隠れつつ、進むしかないだろう。
 さて……どうするかな。
 人質の命も当然大切だが、まず奪還しなければならないのはコックピットなのだ。あそこさえ、犯人達から隔離してしまえば、とりあえず着陸に関しての不安はなくなる。
『リーチ……ねえ、本当に恭眞の事情を理解してくれてるんだよね?』
 トシはしつこいほど同じ質問を繰り返してきた。
『五月蠅いって言ってるだろ。そういうことはな、幾浦に会ってから聞いてくれ』
 リーチは階段を上がり、エコノミークラスのある座席側に戻った。だが、人の姿はないものの、その気配が周囲から感じられ、警戒レベルが一気にあがる。けれど、同時にエコノミーの一番前の座席に縛り付けられている幾浦の姿を目視したリーチは、理性が吹き飛んだ。
 幾浦は四列になっている椅子の一番真ん中に座らされていたが、身体をロープで椅子に縛り付けられていて、目だけを大きく開いていた。
『恭眞……どうしてこんなところに縛られてるの?ねえ、リーチ……なんだか変だよ……』
『ああ……そうだな……』
 リーチは隠れている犯人達のことなどどうでもよかった。それよりも目の前にいる幾浦に視線は釘付けになっていて、一度は収まった怒りが再燃し、表情が冷えていく。
 どんな事情があれど、幾浦は名執を辱めたのだ。例え、セックスのまねごとであってもリーチには許せないことだった。
『リーチ?』
「幾浦――――っ!」
 すでに自分の置かれている状況などどうでもよくなったリーチは、怒りだけで幾浦に向かって駆け出した。けれど、リーチが拳を振り上げた瞬間、腕がまるで自分のものとは思えぬほど、重くなり、振り下ろすことができなくなった。いや、身体が拘束されたように動かなくなり、リーチは立っていることもできなくなっていたのだ。
『……ちょっと……待て、トシ……おい……お前か?』
 身体の自由が利かず、幾浦の手前でリーチは膝をついて座り込んでしまった。こんなふうにトシから身体の自由を奪われたことは未だかつてなかった。
『……恭眞には手を出させないからね。絶対に……出させない』
 トシは低く、そして暗い声で静かに言った。
『……身体の拘束を解けよ……。お前、今の状況分かってるだろ?』
『分かってないの、リーチだろっ!』
 声を張り上げてトシは怒鳴った。
『お前が分かってないんだよっ!』
 リーチもトシに負けないくらいの声を上げたが、ハッと気づいたときには、後頭部に銃口が押しつけられていた。
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