Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第14章

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「隠岐~!」
 隊長に腕を掴まれて引っ張られそうになったのを振り払うこともできず、肩越しに恭夜は利一に訴えた。
「情けない声を出さないでください。そうだ、恭夜さん。このうちの鍵は自動で閉まるんですか?」
「……締まるけど……」
「じゃあ、恭夜さんが窓から出て行かれたら、私は窓を閉めて、このマンションから出てきます」
「あ、俺と一緒に行こうぜ」
 な?と、笑顔で恭夜は言ったが利一は眉間に皺を寄せていた。
「嫌です」
「お前、マジ、冷たい男だーーーー!」
 あまりにも恭夜が素直に動こうとしないために業を煮やしたのか、急襲部隊の男が両脇に立って、恭夜の腕を掴んで引きずろうとした。
「だって恭夜さん。恭夜さんの行き先はアメリカでしょう?私が付いていけるわけないでしょう。護衛は強面のお兄さんがたくさんついていらっしゃるので心配しなくても大丈夫ですよ。じゃあ、さようなら~。お土産楽しみにしていますよ~」
 本当に嬉しそうな表情で利一が手を振っている姿を肩越しに見ながら、恭夜は男たちに引きずられ、マンションを後にした。



 国際電話を終えたジャックは、ムッとした表情で携帯をポケットに戻した。
 全く……。
 金糸のような髪を撫で上げて、ジャックはため息をつく。暫く留守にするといつも恭夜はあんなふうに口答えするようになるのだ。周囲に人がいることから、恭夜も照れくさいのだろう。ああいった状況では、もともと素直になれない恭夜は更に強情になって、本音を口にしない。
 それはいい。
 だが、あの無防備な性格は一体どうなっているのだ。
 我が身の置かれている立場をこれほど理解しない男はいない。あれほどいろいろな目に合っていて、どうして警戒心の欠片も生まれないのか、ジャックが問いつめたいほどだ。
 いや、ああいう性格だからこそ、過去の事件から立ち直ったのかもしれない。しかも、そういう恭夜が可愛いと思うのだからジャックも重症なのだろう。他の人間であればさっさと視界から抹殺しているはずだ。
 最愛の恋人だからな……。
 うっとりと恭夜のことを思い浮かべ、ジャックは口元に自然と笑みが浮かんだ。半日ほど待てばここに恭夜が来るのだ。どういった言葉で迎えてやろうかとそればかり考えてしまう。恭夜が側にいると仕事もはかどるに違いない。人は愛に包まれ、性欲が満たされてこそ、最大の能力を発揮できると考えるからだ。
 とはいえ、問題はまだ残っている。
 サイモンがあのまま引き下がるわけなど無いのだ。重い腰を上げ、人が留守の間を狙って恭夜を連れ出そうとしたのだから相当の準備をしていたはずだった。監視カメラから得られる情報は外を写しだすことは無かったが、見なくても分かる。どうせ、周囲一帯を固めていたのだろう。
 あと、サラームの奇妙な行動も謎だ。
 以前、確かにサラームの弟が誘拐されたのを、ジャックは救い出したが、あれは既に終わっている仕事だ。報酬でもめることもなかったはずだった。それが今どうして我が家を訪れているのか、ジャックは計りかねていた。
 もともと、自宅にはカメラの設置はしてあるが、音声は拾うことができないのだ。口元さえ映し出されていたなら話している内容は分かるが、石油の権利の話など耳にしたことなど無い。
 これも、ヴィンセントがらみなのだろうか。
 私の目の届かないところで何を企んでいるんだ……あの男は。
 父親などと思ったことのないヴィンセントがこそこそと何かを計画している。
 恭夜をどう利用するかということは既に分かっていた。だがサラームを引き合いに出してきたのはどういうことなのだろうか。
 いや、ヴィンセントではなく、サラーム自身が何か行動を起こそうとしている可能性も考えられる。あの男は侮れないのだ。若いが、商才に長けている。
 面倒なことにならなければいいが……。
 こう、仕事以外のことで周囲が胡散臭い動きをすると、苛々するのだ。
 副大統領であるモーガンが死んで得するのはヴィンセントだった。だからどうあっても生きて助け出さなければならないだろう。だからこそ、ジャックの周りで問題を起こそうとヴィンセントがこそこそ立ち回っている可能性が高い。
 とはいえ、モーガンはいずれ政界からは退くはずだったのだ。心臓が悪いモーガンはこのところ職務も滞りがちだった。本人も周囲に辞任を匂わせていたのだから、今、死ななくても放っておけば副大統領の椅子はヴィンセントに転がり込むのだった。
 そういった状況の中で、無茶をするだろうか。
 まあ……。
 とはいえ、人間は、死ぬ、もう駄目だ、病気が……と、いう奴ほど長生きする。身体がいつもガタガタとしている方が、意外に長生きするものだ。モーガンもそういう男かもしれない。
 まあ、私は誰でもいいが……。
 誰が政治の主権を握ろうと、ジャックにはどうでもいいことだったのだ。例え、ヴィンセントが副大統領になったとしても、勝手にやってろというくらいのものだった。ジャックの楽しみは恭夜が目の届くところで幸せそうにぼんやりと暮らしている姿を見ることだ。それ以外のことなど視界にはいることなど無い。
「ジャック。パブロ・ブロックのことだ。少し情報が集まってきたぞ」
 ノックすることなくテイラーは資料を見つめつつ部屋に足を踏み入れ、ジャックの腰を下ろしている窓際のソファーの側にやってきた。
「見せてもらおうか……」
「これだ……」
 テイラーは向かい側に腰を下ろして、テーブルの上で両手を組む。
「よき隣人か……」
 パラパラと中身を見たジャックの感想はその程度のものだった。普段から周囲に己を見せることなく取り繕ったよう生活をしていたようで、パブロの評価は口を揃えたように『いい人』もしくは『礼儀正しい青年』だ。
「面白くないな……。何かもう少し性格の分かりそうな資料は出てこないのか?」
「どうも、こうも。判で押したようなものしか出てこないらしい。まあ、副大統領の警護にあたる人間だから、日常でも妙な噂が立たないような生活を強いられているからこういったものしか出てこないのだろうがね……」
 指先を何度も交差させて、テイラーはため息をつく。
「今ある資料では最近のものばかりだが、幼少時の問題はないか?」
「あちこちに住まいを変えていたらしくて、転校が多かったそうだ。だからかしらんが、担任だったはずの先生がほとんどパブロを覚えていない。要するに目立たない子供だったのだろう。いつの間にかいなくなっていたというのがクラスメイトの印象だったらしい」
「……覚えていないといいつつ、目立たないと評価する人間は、結局、パブロを覚えているということだ。本当に覚えがないのなら、写真を見せても首を傾げるだけだろう。どんなふうに目立たないのか、目立たないと思ったのはどうしてか、もっと掘り下げて聞いてくるように言え。捜査の基本も分からない地方の捜査員ではないだろう」
 バサッと資料をテーブルに置いてジャックはやれやれという風に言った。想像力のない捜査員を使うからこういうことになるのだろう。
「まあ……お前の言うことは正しいよ。捜査員にも伝えておく。ただ、もう少し時間が経てば他の情報も入ってくるだろう。まだ捜査は途中だからな……」
 資料の束を眺めながら、テイラーはまたため息をついていた。
「両親の遺産と保険金で金には困っていない。しかも、名誉ある人に誇れる職業だ。にもかかわらず、己の全てを捨て去る気でモーガンを拘束した。例えどういう理由があったとしても重罪だぞ。今すぐ武器を捨て改心したところで、許されない。当然、刑期が課せられて十数年後には出られたとしても、そんな男を雇う人間はいないだろう。どう考えてもマイナスしかならない。普通ならこういう手は使わないな。だが、パブロは危険を承知でことを起こした。常識も持っていて、教養もあるはずの男が……だ。テイラーならどうしてだと考える?」
「さあ、副大統領を拘束したいと思ったことなど生涯に一度も無い私には想像もつかないよ」
 何かを想像するように一度はテイラーの視線が空中を漂ったが、それだけだった。
「テイラー……想像力が人間に知性を与えるんだぞ。牛のように食って寝ているだけか?」
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
「私か?そうだな……」
 ジャックの言葉を部屋のブザーが遮った。
 それはパブロからの連絡が入った知らせだった。
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