Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第27章

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「分かりました……」
 一人でデビットは頷いた。
「何が分かったんだ」
「骨ですね……。その男も骨が欲しいんですよ」
 デビットは手を顎におき、人差し指を伸ばして、何故かニヤリと笑う。
 この男の頭の中にはきっと骨が詰まっているに違いない。
「……弾の摘出は手早く頼む」
 ジャックはそれだけ言うと、口を閉ざした。



 ようやくジャックがその気になったことでテイラーが胸を撫で下ろして部屋に戻ると、歓迎したくない、いや、永遠にここに踏み入れて欲しくなかった男が窓の外を眺めながら立っていた。
「テイラー。ジャックが撃たれたらしいな」
 リーランドは自慢のヒゲを指先で触れながら、振り返った。
「……ええ、軽傷ですのでご安心下さい。いま、手術に向かいました」
「戻ってこなくても私は一向に構わないんだがね……」
 テーブルの上に置いてある、ジャックが集めた資料をリーランドは手にとって、読んでいるのか、ただ、眺めているのか分からないが、パラパラと捲ってポーズを取る。
「テイラー。交渉の内容は先程テープで聞かせてもらったが、パブロの言う、交換したい人質が日本人とはどういうことだ?」
 資料を捲る手を止めて、リーランドは顔を上げた。
「分かりません。交渉が続けば分かってくると思います。ジャックが戻れば再開されるでしょう」
 視線を避けるようにして、テイラーは額を拭った。
 嫌な予感がするが、いくらなんでもリーランドが民間人を巻き込むつもりはないだろう。いや、テイラーはそう思いたい。
「……その、日本人はここにいるらしいな」
 カツンと靴音を立てて、リーランドはテイラーに近づいてきた。
「存じません」
「なあ、テイラー……」
 ポンとリーランドはテイラーの肩を叩く。触れられた肩から不快感が襲ってきたが、テイラーは表情には出さず、リーランドの舐めるような目つきを受け止めた。
「なんでしょう」
「君はクワンティコのエリートだ。イギリス空軍特殊部隊と並ぶ、人質救出班の地位は捨てたくないだろう?そうそう、オハマの支局に空席があってね。いくら何でもそんな田舎に飛ばされたくないだろう?君のプライドが許さないんじゃないかね」
 ニヤリと笑うリーランドは吐き気がしそうなほど醜悪な顔をしていた。
「長官の命令なら仕方ありませんが、貴方に命令されるいわれはありません」
 淡々とテイラーはそう答えた。
 テイラーは立場的に、大声でこの男の悪態をつくことができないが、ジャックが罵れば罵るほど、すっきりとした気持ちになっていたのだ。それほど、リーランドは姑息で汚い男だった。
「ここの指揮官は私だぞ」
「貴方ではない。この私です。地位的にみれば貴方が上でしょうが、これはFBIが指揮を執っています。そして私は貴方の部下ではない」
 肩におかれたリーランドの手を振り払い、テイラーはそう言った。
 だいたい、いつだってこの男は現場を荒らすだけ荒らして、責任をこちらに押しつけてくる男だ。自分がミスした責任は取らねばならないだろうが、人の責任まで、しかも勝手な行動をとった男の過ちをどうしてこちらが被らなければならないのだ。
「テイラー……よく考えろ」
「充分、考えていますよ」
「人質は副大統領だぞ」
 わざと声を張り上げてリーランドは言う。今更そんな分かっていることを聞かされてもテイラーにとって耳触りなだけだ。
「だからなんです?」
「日本人の一人くらい、差し出してやればいいだろう?パブロは猟奇的な男じゃない。あの男の言うとおり、副大統領と交換してくれるだろう。そういう約束は守ってくれるはずだ」
 さもそれが素晴らしい案のようにリーランドは言う。テイラーからすると涙が出そうなほどの提案だ。
「パブロはもともと貴方の部下でしょうっ!こういう事態になった責任は貴方にある。人選ミスも甚だしいっ!」
 テイラーには珍しく怒鳴り声を上げた。
「私が選んだ部下じゃない。責任転嫁はよしてくれ」
 鼻で笑い、リーランドはまた己のヒゲを弄っていた。
「……出ていってください。余計にこの場が混乱します」
「それは無理だ。ジャックが不在にしているのなら、私が指揮を執らねばならないだろう?」
 指揮権はないと話しているのに、この男は聞いていないのか、テイラーはまた怒鳴り声を上げそうになった。が、喧嘩をしている場合じゃないのだ。
「先程から申し上げています。貴方にその権利はありません」
「五月蠅いっ!私は別に交渉を止めろと話している訳じゃないっ!副大統領を助ける交渉が日本人を助ける交渉に代わるだけだろうっ!何処に問題があるんだっ!」
 問題がありすぎることをリーランドは分かっているのだろうか。
「パブロは貴方の言う、日本人を殺したいと思っているんですよ。理由は分かりませんがね。そんな日本人と交換すればどうなります?パブロは当初の目的を果たして、どうせ自殺するでしょう。そんな結果を迎えるための交渉ではありません」
 淡々と、己を抑えてテイラーは言った。すると、リーランドは嘲笑に似た笑みを表情に浮かべた。
「君もジャックに毒されているのかね?」
 ややテイラーから距離を置き、リーランドは一つ息をつく。
「当たり前の捜査方法を弁えているだけですよ」
「あの男が、どれほど変人で常識を弁えない奴か君も分かっているだろう?」
 先程からどうしてリーランドが無茶なことばかり口にしているのかテイラーには分かってきた。この男はジャックの信用を落としたいのだ。
 ジャックは大統領から絶対的な信頼を得ている。それが気に入らない。だから、どうにかして鼻を明かしたいと思っているのだろう。
 個人的なことを捜査に持ち込むな。
 喉元まで出た言葉をテイラーは呑み込む。
「あの男は天才です。凡人の私たちには理解できないだけでしょう」
 変人と言うより、ジャックは頭が切れすぎて、その回転にテイラーにがついていけないだけなのだ。説明されなければ分からない、もたもたした理解度しか持たないテイラーに、ジャックは苛立つのだろう。それはテイラーだけではなく、あの男以外の人間全てがそうなのだから、いつだってジャックは人を見下すような口調になり、誤解を生んでいた。
 だが、悪い人間ではないことはジャックの側にいると直ぐに分かる。
「はっ……天才ね。あれが?あの口だけの男が……か?」
 そのままリーランドに返してやりたい言葉を吐きかけられて、テイラーはうんざりしてきた。
「行動も伴っているでしょう、あの男は」
「君と議論している暇はない。こうしている間も、副大統領に危険が迫っているんだ。交換相手は、日本の首相の息子でもなければ、政治家の息子でもない、ただの一般人だろう?そんな男がアメリカで一人死んだところで、記事にもならない」
 リーランドの言葉に思わずテイラーはその胸ぐらを掴んでいた。
「貴方は人の命をなんだと思っているんだっ!」
「私に暴力をふるったことで、免職にしてやろうか?」
 テイラーの手を払うことなく、リーランドは不敵に笑った。思わずテイラーは興奮して手を出したことを後悔しながら、リーランドの胸ぐらから手を解く。
「……申し訳ない。私の処分は後でいくらでも勝手にしてくれて結構です。ですが、パブロの要求をのむことはできません」
 リーランドはテイラーの言葉を聞きながらも、まるでゴミを払うように胸元を手で払い、扉の方へ歩き出した。
「お帰りになるなら車を用意しますが」
 テイラーの言葉にリーランドは振り返ることなく言った。
「下の階にその日本人がいるんだろう?」
 思わず周囲の捜査員を見渡し、テイラーは一体誰がこの男にばらしたのだと腹立たしく思いながらも、出ていったリーランドを追いかけた。
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