Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第15章

前頁タイトル次頁
『外のライトを消してもらえませんか?副大統領が眠れないそうです。あと、今まで日常で手配されていたものはいつも通りに運ばせてください。扉の前に置いてくだされば、こちらは勝手に取りに伺います』
 パブロは一方的にそれだけを言って切る。
「どうしてお前は何も話さないんだ?交渉はどうした?」
 テイラーが珍しくジャックに噛みついてきた。
「馬鹿だな。あの口調で分からないのか?こちらからの会話を避けるように、言いたいことだけ早口で言って切っただろう。ああいう相手を無理矢理引き留めるのはいい方法ではない。話をしたくないと言う相手に対しては勝手にしゃべらせて、切らせたらいいんだ」
 交渉するつもりなど今のところパブロには皆無だ。
 それよりも気になるのはこの余裕だろう。
 副大統領の部屋は三部屋に分かれていて、パブロがいるのは寝室の方であることのみ確認されている。最初、他の二部屋に急襲部隊を投入するかどうかと言う検討が成されたが、パブロの立てこもっている部屋の状況が掴めないために引き上げさせた。どれほど物音を立てずに潜んでいたとしても、壁一枚で遮られたVIPルームだ。
 しかもパブロはプロだ。気配は必ず伝わる。そうなるとパブロの神経を逆なですることになりかねない。
 寝室側にはベランダに出る開放型の窓があるが、サンルーム仕様になっていて、カーテンを引かれていると外から中を覗くことができない。
 だからパブロからカーテンを引くのを待っているのだ。
 立て籠もりをする場合、必ず犯人は外の状態を確認しようとする。自分がどういった立場に置かれているのかを目で確認しなければ気が済まないものだ。となると、カーテンを少しであっても引かなければ外の様子は分からない。
 それがどれほど僅かな隙間であっても、また、一瞬であろうと、こちら側は中の様子を確認したいのだ。だから、そのチャンスを待っている。
 とはいえ、夜は光りが足りない。仕方なしに投光器を使って照らしていた。
 パブロはそれを落とせと言っているのだ。
「テイラー……投光器を落とせ」
 髪を掻き上げてジャックは腕を組んだ。
「すぐに手配する」
 テイラーは腰につけていた無線を手にとる。
「ああ。私だ。投光器の明かりを全て落としてくれ、今すぐだ」
 言い終えるとまた無線を腰にかけた。
「ジャック。どうするんだ。あっちは交渉の席には着くつもりがないようだが……」
 はあ……とため息をついて
「さあな。なにか考えているんだろうが、今は動くつもりが無いのだろう」
 パブロがなにかでかいことをおこそうとしているのは分かる。
 目的は何か。
 もしかするとこちらが囮の場合もある。
「寝静まったところで突入するのはどうだ?」
「焦ると、死体の山ができるぞ。パブロは賢い男だ。あの余裕から、出入り口になりそうなところには必ずトラップを仕掛けているとみたね。あと、例え単独犯の犯行であっても、それは今見えているだけでの判断だ。あの男に共犯者がいないとどうしていえる?突入した瞬間、ここではないどこかでどういう問題が出るか予想がつかない。あの男が何故副大統領を人質にして立て籠もっているか、目的が分かるまでは下手に動かない方がいい」
 ジャックは椅子に深く凭れながら、真っ暗な外を眺めた。
「寝ている隙を見つけてどうにかできないのか?向こうは一人だ。多少強引に持っていってもなんとかなりそうなんだが……」
 テイラーは意外に強硬姿勢を見せている。多分、人質になっているのが副大統領と言うことでプレッシャーがかかっているに違いない。だが、それはテイラーの事情だ。誰が人質に取られようとジャックからすると、どれも同じだ。
 相手を見ていつもと違うやり方を取れば必ず失敗する。交渉は余裕を持つことが一番大切で、焦りは禁物だった。
「パブロが夜、寝るとは限らない。もちろん、立て籠もっているのは一人だというのは確実だから、交渉が決裂した場合、突入も念頭にいれなければならないが、向こうの生活リズムが分からない間は様子を見る方がいいな。突入しました、犯人も人質も死体になりましたでは、交渉の意味がないだろう。そういう結果を望むのなら、さっさと突入すればいい。死体が先に出るか後に出るかの違いだからな」
 ジャックは組んでいた手を解き、トントンとテーブルを数度叩く。
「パブロは交渉するつもりがないのはお前にも分かっているんだろう。このままだとどうなる?交渉の席に着く気がないということは、単に、副大統領を殺したいだけという答えしか残らない。私はそれを恐れているんだよ……ジャック」
 珍しく根を上げているテイラーに、ジャックは目を細めた。
「取り繕うのは止めろ。お前が恐れていることなど当の昔に気づいている。責任者であるリーランドがここにいないということがどういうことか、私が分からないとでも思っているのか?」
 ジャックの言葉にテイラーは肩を竦めた。
「上手く行けば手柄はリーランドのもの。失敗すれば、指揮を執ったテイラーが全責任を負わされて、酷い場合は解雇だ。解雇だけじゃない、世間からお前は副大統領を助け出せなかったという無能扱いされて、逃げるように家族はどこかに引っ越し、身を潜めて暮らす毎日を送ることになるだろう。お前はそれが怖い。違うか?」
 射抜くようにテイラーを見つめると、チラリと視線を合わせただけで、テイラーは肯定するように手を振った。
「何も怖いことはない。パブロは今何かを待っている。時間かもしれない。それともこれから起こる何かかもしれん。パブロが考える時期がくれば交渉の席に必ず着く。それまで副大統領を殺したりはしないだろう。あの男にとって最期の切り札が副大統領だ。目的を達成するまで生かされている。殺すだけが目的なら、当初に殺しているはずだからな」
 だから、焦るなとジャックは言うのだ。
 焦る人間はいつも通りにこなせない。それが全ての歯車を狂わせる原因にもなりかねないのだ。
「ジャック……お前を信用している」
 テイラーは珍しく必死の表情でそう言った。
「信用などいらん。だから焦るな。他の奴らにも徹底しておけ。妙な行動を絶対に取るなと。組織というのは時々統制がとれなくなるからな。それも大抵、様々な理由の焦りから出る。そうなると全てが最悪の結果に終わるものだ。こういったことで私に責任を転嫁されても知らんぞ」
「分かった……」
 額の汗を拭ってテイラーは、またため息をついていた。 
「ところで、日常的に手配されていたものとはなんだ?」
「ああ、多分、副大統領が長期療養するということで、向こうから希望されたものを毎日病院側が届けているものじゃないか?リストがある」
 テイラーが職員を呼びつけて資料を受け取る。
「これだ。三食の料理、軽いスナック、雑誌、新聞」
「……雑誌と新聞がくさいな」
 ジャックは顎に手を置いて、書かれているリストを眺めた。
 パブロが待っているのは、どこかで起こるかもしれない事件か、それとも広告の記事か今のところ不明だが、特に新聞が怪しい。
「パブロに届ける前に、雑誌と新聞は手に入れた段階で、先に捜査員に何か怪しい記事がないかどうか調べさせろ。それを見てから運んでもらえ。もちろん、同じものを何部か用意させて、何度も確認できるようにしろ」
 やはり……。
 パブロは何かを待っているのだ。
「ジャック……私たちに、パブロの待つサインを読みとることができると思うか?」
 身体は人並み以上に大きいはずのテイラーが、気弱に言う。
「分かるだろう。それこそ、捜査員の勘が頼りになるんじゃないのか?」
「サインをパブロが知った段階で、既に終了……ということにならないと思うか?」
 大きな体を一つ震わせ、テイラーはせわしなく額をハンカチで拭った。
「馬鹿だな、テイラー。それなら、副大統領を生かしている意味が無いだろう。何かが起こる。そこで初めて副大統領の命が天秤に掛けられる。それが一体どういうことなのか今のところ分からないが、追々分かるに違いない。交渉はそれからだ」
 暫く暇になりそうだ……。
 ジャックが余裕の表情でくつろぎながら椅子に座っている姿を見て、テイラーの青ざめていた顔に少しだけ赤みが戻った。
「そうか……お前は間違ったことがないからな……頼りにしている」
「気味が悪いな……。それより私はもう休ませてもらう。どうせ今日はもう動かないだろう。マイクは持っていくから、何かあれば呼びに来てくれ」
 ジャックはそう言って椅子から腰を上げた。
「ああ、食事を運ばせる。後はゆっくり休んでくれ。私も……今日は早めに仮眠をとるよ」
 扉を開けて出ていこうとするジャックにテイラーが疲れたように言った。



 腹減ったなあ……。
 恭夜は見知らぬ部屋に案内されて、ソファーに座っていた。服装はとりあえず着替えることができたのだが、ここまで来る間、ビクビク、ドキドキの連続だった。
 しかも、また朝からやり直しだ。
 起きたのも朝、日本を出たのが昼過ぎ、アメリカに着いたのは朝。車で移動してようやく病院らしき建物に連れてこられた。
 しかもまた不法入国。
 アメリカ空軍基地へ連れて行かれて、黒メガネの男たちに恭夜は引き渡されたのだ。恭夜がオロオロしているにもかかわらず、例の特殊部隊の男たちは『任務終了』と、どこかへ連絡して恭夜に挨拶もせずに去っていったのだ。
 畜生……。
 俺は運命に弄ばれているような気がするぞ。
 違う……ジャックに弄ばれてるんだよな……。
 はあ……と肩で息をして、恭夜は室内に冷蔵庫が置かれているのを見つけた。昨日から何も食べていないのだ。腹が減って仕方ない。
 なんか食おう……。
 勝手に食ってもいいよな。
 ドキドキしながら、冷蔵庫を開けて中を覗いた瞬間、恭夜はジャックの声を聞いた。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP