Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 後日談 第3章

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「な、ジャック。誰と話してきたんだ?」
「大統領だ」
「俺のこと?」
 顔色をうかがうようにして恭夜が訊ねると、ジャックはククッと笑った。
「随分と自信過剰だな」
「……違ったらいいよ」
「いや、ハニーのことを詳しく話してきた。私たちの出会いから、現在に至るまでの話は以前に話しておいたんだが、今日は、私がどれほどハニーを大切にしてるか、そして愛しているかを話した。大統領も祝福してくれたよ」
 飲んでいたワインが吹き出るようなことをジャックはサラリと言う。この男は大統領に何ということを話していたのか、呆れて言葉も出ない。
「どうした?感動したか?」
「頭痛がする」
「気圧の変化が影響を与えているんだろう。慣れればすぐに痛みは取れる」
 ジャックは相変わらず的はずれな答えを口にして、カラになった自分のグラスにワインを注いでいた。
「でも、あんたのことだからそれだけじゃないんだろ?」
「キョウはいつもそうだな。私があちこちで悪い噂を流しているとでも思っているのか?」
「……違う。なんかこう、俺に知られたら不味いことをこそこそ話し合ってるような気がするだけだよ……」
 ジャックはいつだってそう。恭夜にだけ何も話してくれないのだ。
「どうなんだ?」
 無駄だと分かっていても問いつめる恭夜に、ジャックは不機嫌な顔をしてみせた。
「二人きりになると色気のない話ばかり。旨いワインもとたんに安物のワインになる」
「……俺たちの間にはそういうのねえよ」
「あるさ、キョウ。ハニーさえその気になってくれれば、今すぐにでも……」
 ジャックは恭夜の頬にそっと手を当てて、微笑した。澄んだ薄水色の双眸が恭夜をじっと見つめている。彫りの深い顔立ち、輝くような金髪。けれど容貌からは想像もできないほど、奇矯な男。
「……俺は……ん……」
 突然唇をかすめ取られた恭夜だったが、すぐさまジャックを押しのけた。腹が立ったわけでも、嫌だからでもない。こういう雰囲気が苦手で、二人きりであるのに照れくさくて恥ずかしいだけだ。
「キョウ……私のキスが嫌いなのか?」
「……そ、そうじゃねえよ……俺は……ただ……」
「ただ?」
「ほら、後で人が来るってあんたが言っただろ?目撃されるのが嫌なんだ」
「……ほう」
 ジャックに横目で見られた恭夜は肩を竦めた。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
 料理をのせたキャスターを押して、ボーイが入ってきた。室内に一気に漂う肉汁の香りに恭夜は思わず腹が鳴った。
「嘆かわしいな……。素直なのは食欲だけか」
 ジャックはボーイがテーブルに料理を並べていくのを眺めながら、ため息をついた。けれど腹は自然に鳴るものであって、自らの意志でとめられるものではない。
「嫌みばっか言うなよ。あ、サンキュ」
 並べ終えたボーイに恭夜は声をかけ、ソファーに移動した。目前に並ぶ料理はすべて値段の高そうな皿に盛られていて、ナイフとフォークまで用意されている。とても機内食には見えない。さすがエアフォース・ワンだ。
「すげ~。機内食でナイフとフォークが出てくるのは初めてだよ。なあ、ジャック、武器になるぜ、武器!」
「お前は本当に馬鹿だな。そんなものを持って出て行ってみろ。銃で撃ち殺されることだけは確かだな」
「冗談だよ。それより俺は食うぜ。温かいうちに食べなきゃな。いただきます~」
 軽く両手を合わせて、恭夜はまず焼いた肉に添えられている温野菜をフォークで突き刺した。いつものごとく一番美味しそうに見えるものは最後に食べるつもりだった。
 並べられている料理は食べやすいように切られたステーキと、合鴨のオレンジソース添え、アボガドサラダに、クリームたっぷりのイチゴのミルフィーユ。
 どれを最後に食べようか迷いそうだ。
「……また、一番好きなものを最後に食べるんだな……面白い選択方法だ」
 用意された料理に嬉々としている恭夜に気が削がれたのか、ジャックは呆れていた。
「あんたは食いたいものを真っ先に食うタイプだったよな。だからって、俺の肉を取るなよ?」
「そんな卑しい心配をするのはキョウだけだろう。全く」
 ジャックはワイングラスをを持ったまま、恭夜の隣に座り、肩に手を回してきた。
「あんたも食えよ」
「ハニーが言っただろう?私は食いたいものを真っ先に食うタイプだとね。その通り」
 恭夜がもごもごと口を動かしているのに、隣に座る男はニヤニヤとした笑いを浮かべていた。なんだかやばい雰囲気のような気もするが、食事の最中に押し倒してくることなど恭夜は考えたくなかった。
「……もぐもぐ……ごくん。旨いぜこれ……もごもご……ごくん。さっさと食えよ、あんたも、腹減ってるだろ?」
「……」
「なんで、不機嫌な顔をしてるんだよ?」
「ハニー……色気がなくてもいいから、もう少し私が考えていることを慮ってくれないか?」
 口に入れた肉をゴクンと飲み干し、相変わらず不機嫌な顔をしてワインを飲むジャックに、恭夜は無言でサラダを頬ばった。
 ジャックが何を求めているのか、分からないわけではない。それにどれほどここでは嫌だと言い張っても、どうせ流されてしまうであろう自分を自覚していた。だから抱き合うことを拒んでいるわけではなかった。ただ料理は温かいうちに食した方が旨いだろうし、調理した人間もそれを望んでいるはずだ。
「私はどうしてこう、恋人に冷たくされるのだろうな……」
 ジャックはまた空になったグラスにワインを注ぐ。それを横目で見ながら恭夜はカモを食べ、肉を呑み込み、サラダを食べた。
「愛情をどれほど注いでもキョウはざるだ。垂れ流れるばかりでキョウの中に溜まらない。これほど不毛な愛がどこにある?」
 五月蠅いなあ……さっさと食えよ……。
「セックスより食欲。人間の本能は食欲の方が強いとでも言うのか?」
 恭夜は隣でブツブツと身勝手なことを呟いているジャックを気にしながら、それでもモグモグと口を動かしていた。
 そんな恭夜にいつものごとくジャックが切れた。
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