Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第44章

前頁タイトル次頁
「どうして不機嫌な顔をしているんだ?」
 そう言ったジャックの方が不機嫌な顔をしていた。誰と話してきたのか分からないが、好ましくない内容だったのだろう。こういうジャックに「あんたの方が不機嫌そうだ」などと言おうものなら、また恭夜の身体に飛び乗ってくるはずだ。
 恭夜はジャックの言葉をサラリとかわして言った。
「なんでもない。それより俺、あんたに聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
 ジャックはベッドに腰をかけて、恭夜を見下ろしてくる。薄水色の瞳には穏やかな光が灯っていて、恭夜は不覚にも胸が高まった。それを誤魔化すように恭夜はぶっきらぼうに言う。
「……日本に俺がまだいたころ、客が来た。サイモンさんはいいんだ。理由が分かってるから。けど、サラームっていうアラブ人が来たけど、なんだよあれ?」
「キョウが例の事件に巻き込まれる直前、サラームからの依頼を受けた。それで中東に飛んだ。もっとも、キョウのことを交渉途中に聞かされて、すぐに戻ってきたがね」
 恭夜の額にかかる髪をジャックは壊れ物を扱うようにそっと撫で上げる。心地よい仕草に、恭夜は眼を細めた。
「感謝してたってことは、サラームさんの仕事を途中で放棄した訳じゃないんだよな?」
「当然だろう」
「こうも言ってたぜ。ジャックが石油の採掘の権利を欲しがっているって、それにたいして不快感を見せてた。でも、俺はあんたがそんなもんを欲しがるなんて、信じられなかったから、否定したんだ。そうしたら、欲しがってるのはジャックの父親だって言いなおしたんだよ。なのに、俺がサラームさんから礼を受け取ったら解決する、だから受け取ってくれって、何度も言うんだ。これって、どういうことなんだ?」
 サラームとの会話を思い出しながら、恭夜は言った。
「私の父親らしい男が石油の採掘権利を欲しがったとしても、キョウには関係ないだろう?」
 ジャックは恭夜の額から手を引いて、自らの顎を撫でる。
「それは俺も言ったよ。でもさ、父親らしいって……あんた、いつも変な言い方をするよな。母親のことは、母親らしい女って言うし。血が繋がってるなら、普通に言えよ」
 両親のことが気に入らなくて、ジャックは赤の他人にしたいのだろうが、恭夜は何度聞いても、一瞬、父親らしい男ってなんだ?と考え込んでしまう。父親、母親と呼びたくないなら名前で呼べばすむことだ。
「呼び方は自由だ。どうでもいい」
「もういいけど……で、ジャックが会ってくれないって言ってたぜ。なんか誤解があるなら、あんたが間に入ってなんとかしてやればいいんじゃないのか?」
「キョウ……私の父親らしい男が、石油の採掘権利を欲しがっていて、サラームが困っているのだろう?彼らが決裂した話しに、石油などどうでもいい、政治的にも関係のない私が会ってどうするんだ?断って当然だろう」
「……そ、そうだけど。でも、なんか向こうも必死そうだったから、あんたがちょこっと会って話せば解決するんじゃないかと思って……」
 恭夜もそう思っていた。だから、礼を受け取ることもなかったし、ジャックと話してくれと突っぱねたのだ。
「他に何か言ってなかったか?いや、隠岐がいただろう?あの男はサラームについてどうお前に言っていたんだ?」
「え、あ、隠岐はサラームの言ったことについて、嘘をついてるって言ってたよ」
「嘘?」
「いや、全部嘘じゃないけど、一部、嘘が混じってるって言ってたな」
「どの辺りだ?」
「石油の権利がどうのこうの……というところだそうだけど。でも全部じゃないって言ってたな。ただ、石油採掘の権利に関しては交渉はしていて、ジャックのことはまったく関係のない、別の交渉になっているのかもって言ってた。どうなんだよ?」
「……キョウ、何度言わせる。私が仕事で受けた交渉はすでに終えた。何の問題もなく、だ。なのにどう別の交渉になるんだ?」
 ジャックはいつも通りの表情をしていたが、口調には苛立ちが込められていた。
「俺はしらねえよ。隠岐がそんな想像してただけなんだから。ジャックが全部理由を知っていると思ったから、俺も話してるんだし……あ、それと、こっちに来てから、俺、テイラーさんと買い物に行っただろ?あんとき、やっぱり変なアラブ人につけられてたんだ。俺は気付かなかったけど、テイラーさんが言ってた。俺はアラブ人の知り合いはいないし、じゃあ、サラームさんの関係かって思うんだけど、じゃあなんで俺をつけるんだ?あんたに用ならあんたをつければいいだろ?」
「キョウはアラブ人に色目を使ったのか?」
「へ?」
「全く。少しばかり外に出すとすぐこれだ……」
 ジャックは肩を竦めているが、どうしてこの話の流れで、こんなことを言い出すのか、恭夜には皆目見当も付かない。いつもの脳内変換なのか、それとも話題を逸らそうとしているのか、いや、結局意志疎通ができていなかったのか。違う。ジャックは都合の悪いことを思いだし、この話から話題を逸らそうとしているのだ。
「なあ、何かを誤魔化そうとして、あんたは、いきなり話をぶっ飛ばしたろ?」
「何のことだ?」
 素知らぬ顔でジャックは答える。のれんに腕押し状態が始まったのだ。
 ジャックは心の内を見せない男だ。何を考えているのか、そのクールな容に本心を探ることのできる僅かなヒントも浮かべない。こうなると恭夜がどれほど追求したところで、無駄なのだ。それを理解していても、ジャック一人だけが全てを把握している状況が、恭夜には我慢ならない。
「何かあんた知ってるんだ?」
「サラームに会ったのはキョウだろう?」
「なんだよそれ、違うだろっ!サラームに会ったのは俺だけど、あんたはそれ以前に会ってるんだろ?そこでなんかトラブルがあったんじゃないのかって俺は聞いてるんだよっ!」
 とうとう身体を起こして恭夜は叫んだ。身体が軋み、傷も痛むが今は構っていられない。
「トラブルがあったのはキョウだろう?」
「ああ、ああ、あんたはいつもそうだ。肝心なことはぜって~俺に話さない。そうだろ?」
「何を誤解しているのか知らないが、私が今追求したいのは、キョウがアラブ人に色目を使ったのか、そうでないかだ」
 ジャックは自分の知っている情報を、断固として開示しないつもりなのだ。恭夜はそんなジャックに対し、常にいまいましく思っていた。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP