「唯我独尊な男4」 後日談 第2章
一人になった恭夜は、キョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、そろそろと小さな二重窓に近寄り、外を眺めた。エアフォース・ワンはまだ動き出してはいない。黒服を着たシークレットサービスが、飛行機の周囲を固めていて、互いにせわしなく無線で話をしていた。恭夜が興味深く彼らの姿をうかがっていると、そのうちの一人が恭夜の視線に気付き睨んできたため、思わず窓から飛び退いた。
「やっべえ……なんかまずそう……」
視線が合ったところで問題はないのだろうが、どうもこういう雰囲気は慣れない。なのに、ジャックといるとああいう人間がやたらと周囲にいて、恭夜は困るのだ。
「はあ……もう」
ため息をつきつつ、今度は室内を眺めた。
部屋にはダブルベッド、テーブルにソファー、小さなバーカウンターがついていて、ワインが数本並べられていた。壁には通路に出るためのドア以外に扉がついている。バスルームか洗面所なのだろう。ただ、不似合いな――本来は飛行機の中にあって当然のものだが――ベルトが締められる椅子が窓から手前に四つ並んで壁に付けられていた。離着陸の時に座るのだろう。
十二畳満たない部屋だったが、こんな部屋が飛行機内に作られていること自体、驚きだ。
「ここ、マジで飛行機の中?」
恭夜は呆然としながらもソファーに腰をかけ、落ち着かない呼吸を整えていた。
「……カメラ持ってきたらよかったのかなあ……」
エアフォース・ワンに乗り込むことになった時点で、カメラを手配しておけばよかったと、恭夜は今更ながらに考えていた。こういう機会など二度と巡ってこないだろう。写真一枚でも撮っておけば、記念になったに違いない。もっともそれが許可されるかどうかは、分からないが。
「ここであいつはやるつもりなんだよなあ……大統領の専用機なのに……」
ベッドがある部屋に案内されたことから、それは考えなくても分かる。どう、大統領に話して、この部屋を用意してもらったのだろうと思うと、恭夜は今ごろ顔が赤らんだ。
「キョウ、そろそろ、飛び立つぞ。何をくつろいでいるんだ」
いきなり戻ってきたジャックが、不機嫌な口調でそう言って、壁に据え付けられている椅子に腰をかけて、隣のシートを叩いた。
「あ……あんた、いきなり戻ってきてそれか?……いや、いいけど……」
恭夜はソファーから腰をあげ、ジャックの隣に座って、シートベルトをつけた。
「すぐに高度一万メートルまで上がるぞ。ああ……キョウ、思い出さないか?以前も空の上で私たちは淫らに抱き合った。あのめくるめく快楽がまた味わえるかと思うと、私は胸が高鳴る」
先程の不機嫌な様子などこれっぽっちも残さす、今は上機嫌でシートベルトを着用しつつも、ジャックは一人で興奮している。どうしようもない男だ。
「……そう。よかったな……」
恭夜はそう言うしかなかった。
この逃げ出すことができない密室で二人きりになったら、やることは一つだ。警備の厳重なエアフォース・ワンの中で逃げ回ることなど、できない。恭夜はただ、防音がしっかりされていることだけを祈るしかなかった。
「キョウ、以前の専用機より数倍居心地が良さそうだと思わないか?」
「……ま……まあな」
機長のシートベルト着用の案内がスピーカーから響き、小さな振動が身体に伝わってきた。ようやく日本に戻れるのだ。それに関してだけ言えば、恭夜は安堵していた。
「キョウは飛行機が怖いのか?」
「別に……」
「声が震えているぞ」
「機体が振動しているから、声が震えて聞こえて……っ!」
ジャックは恭夜の穿いているスラックスの上から雄を掴んだ。
飛行機はまだ飛び立っていない。
なのにこの有様だ。
「……あ……あのな……落ち着いてからに……んっ」
やんわりと恭夜の雄を握りしめ、ジャックは微笑した。
「飛び上がる瞬間、何か掴んでいないと不安だろう?」
「あんたが、不安なんて感じるわけないだろっ!ていうか、何か掴みたいからって、俺のものを掴まなくてもいいじゃ……ひゃあっ!」
ますます強くなる振動がジャックの手を伝わり、直接恭夜の敏感な部分へと伝わってくる。雄が小刻みに震わされているようだ。
「手、手、離せっ!離せって……あわわわ……」
「キョウ、硬くなってきているぞ。面白い振動に反応するんだな?」
「あの……あのな……あのなっ!」
一瞬、重力が失われた浮遊感に襲われ、飛行機が地上から離れたことを知る。けれど、未だ下半身に置かれているジャックの手の存在に、恭夜は呻いた。
なんとも情けない気分だ。
「ああ……ホッとしたよ、キョウ」
「何がだよっ!手を離せっ!」
「無事に地上から離れた」
「あんたの手も俺のものから無事に離してくれよ……」
じ~っとジャックを見つめたまま言うと、珍しく素直に手は離れていった。
「さて、これからがお楽しみだな」
ジャックはアナウンスが入ると同時に、シートベルトを外し、バーカウンターに向かった。
「キョウ、小一時間ほどで料理が届けられるだろう。それまで、ワインでも飲むか?」
カウンターの椅子に腰をかけて、ジャックはワインを開けていた。
「え……あ。うん」
いきなり襲ってこない理由を知った恭夜は、一応ジャックにも常識が僅かにあるのだと驚いていた。けれど、最低十時間はこの機に拘束されるのだ。ジャックは常識から、すぐさま襲ってこなかったわけではなく、ゆっくりと空の旅を楽しむつもりなのだろう。
なんか……俺、絶体絶命……って感じ。
心の中だけでため息をつき、恭夜はジャックの隣に腰を下ろした。
「白でも赤でもいいが……どちらにする?」
「俺、赤がいい。甘い方が好きなんだ」
「キスの味に似ているからか?」
クスッと笑ったジャックに、恭夜は思わず顔を赤らめた。
まるでジャックの方が酔っているようだ。
「あんた、もう飲んできたのか?」
「何の話だ?」
ジャックは二つ用意したグラスに赤いワインを注いで、一方のグラスを恭夜に渡した。
「あ……ありがと」
「飲ませてやろうか?」
ニンマリ笑うジャックの笑顔を見た恭夜は、すぐさまワインに口を付け、グラスで唇を隠した。誰が入ってくるか分からない場所で、口移しで何かを飲ませてもらう行為など、されたくない。
「本当に、かわいげがない……」
ジャックは自らのグラスを空けた。