Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第45章

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「マジでいい加減にしろよっ!あんたが俺のことを考えていろいろ黙ってることは分かってる。分かってるけど、こんなふうに誤魔化されるのはもう……嫌だ。嫌なんだ……」
 最初は吐き捨てるように言葉をぶつけたが、最後は懇願になっていた。原因が分かった上で狙われるのならまだ対処のしようがある。けれど今の状況は振り回されるだけ振り回されて、訳の分からないまま解決していた。それは全てジャックが恭夜の知らないところで動いているからだ。その気持ちは感謝するが、これ以上はもう耐えられない。
「キョウ……」
 ジャックは不機嫌な表情ではなく、どちらかというと苦笑に近い笑みを浮かべて、恭夜の頭を撫でた。
「俺は……自分の記憶が全て戻らないことより、あんたが何も俺に話さないことが耐えられない」
 ジャックが話さない理由、それは本当に恭夜のことを思って口にしないのか、それとも恭夜に話しても何の助けにも、力にもならないから、言わないのか。どちらにしても、恭夜には辛いことだった。
「俺は……」
 悔しさのあまり恭夜は瞳が涙で潤んだ。こぼれ落ちる姿など見せたくない恭夜は歯をしっかりと噛み合わせて耐えた。
「キョウは誤解している」
 ジャックはぽつりと言った。
「何を誤解してるって言うんだよ」
「何度も話したはずだ。この私であっても全て把握している訳ではないと。お前はすぐに私が隠し事をしているといって、一人で混乱しているがな。分からないことまで問われても、知らんと答えるしかないだろう?」
「いや……あんたは分かってるはずだ」
「辛いね。キョウに、私が無能だと突きつけられるのは」
 ジャックは全く堪えていないのがありありと分かる、皮肉った笑みを浮かべた。
「俺はそんなこと言ってるわけじゃ……」
 言い終える前に恭夜はジャックに抱きしめられた。驚きに目を見開いていると、ジャックはまた口を開いた。
「確かに無能かもしれんな。私はキョウをもう二度と傷つけさせないと誓った。あの日、私の目の前でキョウが死の淵を彷徨っているときに……。だが、現実はどうだ?あれから何度私はキョウを守りきれずに、この身に傷を負わせている」
 ジャックの声には怒りと、切なさが入り交じった不思議なものだった。不意に胸が掴まれたような痛みに襲われ、恭夜は動揺した。
「そんなふうに言うなよ……俺……俺は……あんたに感謝してるんだから……」
「感謝はいらん」
 ジャックは腹立たしげにそう言い、恭夜の身体を放す。けれど手の中の拘束からは解放しない。
「また話が逸れてる気がするんだけど……」
「そうか?」
「だから、俺の質問に答えろよ。隠してることを吐けっ!」
 恭夜はあくまで食い下がった。ジャックは小さなため息をついて、恭夜の額にかかる髪を撫で上げた。
「漠然と問われても答えようがないだろう。答えられるような質問しろ」
「……じゃ、じゃあ、サラームから受けた仕事って何だったんだよ?」
「仕事の話は守秘義務に反する。答えられないことを聞くな。キョウもそのくらいは分かるだろう?恋人だからと言ってベラベラと自分の仕事内容を聞かせるような男は、三流だ」
 そう言われると納得しなければならないのだろうが、恭夜はまだ釈然としない。
「……だったら、向こうの新聞に載ったようなことでいいから、教えろよ」
「載らなかった。完全に水面下での交渉だったからな。この話はこれで終わりだ。他に、なにが気になってるんだ?」
 面倒くさそうに問いかけてくるが、一応ジャックは答えてくれる気に珍しくなっている。こういうチャンスを逃す手はない。
「じゃあ、あのアラブ人はなんだったんだよ?」
「それは私が問いかけていることだろう?それにどう答えられるんだ?」
「……だからそれは……サラームとあんたと……」
「今日ほどハニーが馬鹿だと思ったことはないぞ。サラームの仕事は問題なく終わった。その上で、見知らぬアラブ人がお前の周りをウロウロしている。こうなると、この二つには関連がないと分かるだろう?ならば、どこに原因を私は求めたらいいんだ?私の方が聞きたい」
「……だよな」
「だよな……じゃないだろう。キョウと話をしているとあまりの理解のなさに頭が痛くなる」
 今度ジャックは深いため息をついた。
「じゃあ、結局、分からないってことか?」
「最初からそう言っているだろう?」
「……なんか俺……また誤魔化されたような気がするんだけど……」
 ジャックと話して思考が混乱した恭夜は、結局何を問いかけたかったのか、質問を整理できなくなっていた。
「私が有能で、全てを知り尽くしている男だと評価してくれるのはありがたいが、あいにく知らないこともあるんだ。それを知れ」
「またあんた、どさくさに紛れて自分を持ち上げてるだろ……」
「そういうことは分かるんだな」
 ジャックはクスクスと笑った。その笑いが恭夜には心地よく感じられる。
 そう、いくら考えたところで答えのでない問題を二人で永遠に論じ合っても無駄なのだ。事件はいつだっていつの間にか忍び寄ってきて、気付いたときには巻き込まれている。その時その時を切り抜けるしかないのだろう。
「……もういい。俺……疲れた」
 恭夜はジャックに身体を任せたまま目を閉じた。
 本当に疲れたのだ。
「ああ、そうだろう。ゆっくり身体を休めるといい。帰り支度は私が整えておいてやる」
 ジャックの言葉を遠くに聞きながら、恭夜は眠りに落ちた。けれど、ジャックの表情が冷えたものへ変わっていたことを、睡魔に身を任せた恭夜は知ることがなかった。
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