Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第40章

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 病室ではなく、最初あてがわれていた一室に恭夜は移された。恭夜も無機質な病室に入れられるより普通の――といってもVIP用の部屋になる――ベッドで横になる方が気持ちが落ち着く。
 まだ、頭の中では混乱していた。いろいろなことが身に降りかかり、解決といっていいのかわからない結末を迎えたのからだ。
 ジャックはドアのところでなにやらデビットと話し込んでいた。小声で話しているためにここまで内容が聞こえない。いや、もしかすると恭夜の意識がおぼろなため、言葉の意味を理解できないのかもしれない。
 恭夜は支柱台にかけられている点滴の袋を眺めた。規則的に落ちる液体が、まだ現実のものに思えない。リーランドに撃たれ、手術したことは現実であるのに、恭夜はまだ現実だと受け止められていないのだ。
 あの事件はまだ終わってないのだろうか……。
 恭夜は天井の明かりを遮るように腕を目元にかざした。ぼんやりした脳裏に浮かぶのは、パブロの悲痛な面もちと、最期に見せた安堵の表情だ。
 全てが終わったのだと思っていた。時間が経つごとに人々の記憶から薄れていくのだと考えていた。同時に恭夜の中にある、思い出すことも忌まわしい記憶も薄れるのだろうと。
 だが、いつだってそっとして置いて欲しい過去の出来事を、誰かが掘り起こそうと、鮮明に思い出させようとする。その役目は恭夜でなければならないのだろうか。他に誰かいないのか。そう、思うのだがあのとき、あの家にいた人間で全てを見届けたのは今のところ恭夜だけのようだ。
「キョウ、気分はどうだ?」
 デビットと話し終えたジャックはドアを閉めて恭夜が横になっているベッドに近づいてきた。
「え……あ、うん」
 ジャックは恭夜が目元にかざした腕を見て、ヘッドボードについている小さな明かりのみを残し、室内の明かりを消した。一気に光量が落ちた部屋は、恭夜の目に優しい。
「腹が減ったんじゃないのか?」
「いまは……いらない」
 腹が減っているはずなのだが、今、恭夜には食欲がなかった。目の前に出されてもとても口にすることはできないだろう。
「そうか」
 恭夜の額にかかる髪を撫で上げて、ジャックは微笑する。銃弾を受けたのはジャックも同じだ。にもかかわらずジャックはそんなことがあったなど、全く思わせない身振りで、恭夜は驚いていた。
「なあ、あんたも撃たれて痛むんじゃないのか?」
「いや」
 ジャックはケロリとした顔をしていた。
「……あんた、本当に撃たれたのか?」 
「見せてやろうか?」
 薄水色の手術着を脱ごうとするジャックを恭夜はとめた。
「いいよ。それより着替えたら?」
「……ああ、そうだな」
 言いながらジャックはこともあろうか恭夜のベッドに入り込んでくる。ジャックのあまりの行動に、恭夜は驚愕するほかない。こんな状況であってもセックスを強要してくるつもりなのだろうか。それはあまりにも無謀だ。
「ジャ……ジャック……」
「なんだ?」
 ジャックはベッドに横になると、恭夜を自分の身体の上へと移動させた。恭夜はジャックの厚い胸板に顔を押しつけるような格好で抱き込まれている。これでは下になっているジャックが辛いはずだ。
「あんたが、痛いだろ?」
「いや……」
 嬉しそうな表情でジャックは恭夜の髪を撫で上げた。何度も、何度も、愛おしそうに。その仕草は恭夜の心臓の鼓動を一気に早めた。
「……あのっ、あのさ、あんた、仕事は?」
「話しただろう?あれは私の手を離れた……とね」
 ジャックは薄水色の瞳を細めて口元だけで笑う。
「後始末とか……さあ……」
「一つ、二つ残っているが、今、手が出せないんでね」
 意味ありげな言葉を呟いて、ジャックの手は恭夜の衣服にかかる。嫌な予感がすると思っていたら、するすると器用に恭夜の服をジャックは脱がせていく。
「……あのなあ……」
「まだ麻酔は効いているだろう?」
 ニヤッと笑ってジャックは恭夜の上半身を裸にした。すぐさま引き下げられる服を掴んだが、ジャックの手は上着から離れない。
「なに、言ってるんだよっ!俺もあんたも酷い怪我をしてるんだぞっ!俺なんて、今、弾を取り出したところだっ!」
 ジャックの手を引き剥がそうとしたが、左肩から下が麻痺していて力が入らず、右も同じような状況のため、いつにもまして無駄な抵抗に終わる。
「だからなんだ?」
「なんだって……あ……あんた、いっ!」
 包帯を巻いている左肩を擦り、恭夜は声を上げた。
「暴れると痛むぞ」
「ジャッ……ん」
 叫ぼうとしている恭夜の口はジャックの唇でかすめ取られ、すぐさま舌が入り込んできた。抵抗しようと振り上げた手は、本来の目的を果たせずに下ろされる。
「ん……う……だめ……だって……言って……ジャ……ック」
 ジャックの手ははだけられた胸元に伸び、いつもとは違って優しく動かされた。少しは気遣ってくれているのだろうが、だったらセックスをやろうとするなと、恭夜は声高に叫びたい。
「……いてっ!」
 さすがに左肩に力が入ると痛みが走り、恭夜はジャックを右手で押しやった。
「右肩を下にして横になるといい……」
「は?」
 ぐるりと身体を回されて、恭夜はジャックの胸に背中を密着させた格好で横にされた。マジでこの男はやるつもりなのだろう。だが、恭夜は今オペを終えたところだ。それをどうすればこの男に理解させることができるのだろうか。
「優しくしてやるから安心しろ」
 耳元で甘く囁かれて、一瞬、自分の身体のことを忘れそうになったが、現実は甘くない。
「俺、俺は、今、オペを終えたところなんだぞっ!」
「私ができた。お前にできないことはないだろう?」
 露わになった肩を愛撫しながらジャックは己の手を恭夜の腹に回してくる。
「あんたは、痛くなかったかもしれないけど、俺は痛いって言ってるんだよっ!」
 両脚を動かして一応抵抗してみたが、ジャックの足に絡め取られて、動かなくなった。
「痛くするようなやりかたなどしたことがないが?いつもハニーは喘いでいるのに、それはないだろう?」
 いつものごとく、ジャックの頭には何かが湧いていた。
「ちがっ……そういう意味じゃなくて……っく」
 前に回っているジャックの手は恭夜の雄を掴んで緩やかに動かされる。恭夜の快感のツボを捉えたジャックの指は雄に絡まったまま、上下に動かされ、身体の奥で眠っていた疼きを呼び覚ます。
「……あ……やめ……ろって……」
「抵抗しようとすれば、余計に力が入って痛むぞ。こういうときは身体から力を抜いて、私に全身を預けるといい。全て私が面倒を見てやるから……」
 ジャックはそう言って恭夜の項に舌を這わせた。生暖かく湿った感触が首から肩へと移動していく。滑らかなその動きには、躊躇いなどどこにもない。
「……け……血圧が……上がる……」
「穴圧?ハニーはそんなところの圧力が上がるのか?では、さぞかし私は心地よくなれそうだな」
 真面目なジャックの言葉に、恭夜はがくりと頭を下げた。
「……もういい……あんた、分かっていて脳内変換してるな?」
「なんのことだ?」
「……っあ、だから……触るなっ……あっ!」
 グチグチと雄の先端を弄られて、恭夜は身体を折り曲げる。
「今欲しいんだよ、ハニー……」
 欲望を隠すことのないジャックの囁きに、恭夜は降参するしかなかった。
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