Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 後日談 第1章

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 嫌だと抵抗することなど許されず、恭夜はワシントンへ飛び、厳重に警備された滑走路へと引っ張られていった。病院を出る前に挨拶をしたかったテイラーは、すでに次の仕事へ向かったらしく、恭夜は会うことができなかった。残念だったが、いずれまた会う機会があるだろうと、諦めることにした。
 周囲には大統領を警護するシークレットサービスが大挙していて、どの顔ぶれも黒のサングラスに黒のスーツを着用し、耳にマイクをつけていた。
「キョウ、何をそう怖がっているんだ?」
 恭夜は滑走路のただならぬ雰囲気にのまれ、ジャックの側にピッタリ張り付いたまま、おどおどとしていたのだ。そんな恭夜の姿がジャックには可愛らしく見えたのか、からかうような笑みを浮かべていた。
「あ……あんたは慣れてるかもしれないけど……俺は……こういうの……駄目なんだよ」
 恭夜は一般人だ。
 政府の高官でも、要人でもない。そんな恭夜がアメリカ大統領の専用機に乗るのだ。日本人では恭夜が最初で最後の搭乗になるのかもしれない。考えれば考えるほど恐ろしい状況に、平静でいることなど出来ない。
「ただのレシプロ機だと思え」
「……あのな、あれはエアフォース・ワンだ。レシプロ機じゃねえよ……」
「では、空飛ぶタクシーだ」
「……もういいよ」
 交渉の依頼を受けると、すぐさまジャックは成田から専用機で飛び立つ。こういう男からするとエアフォース・ワンもタクシーと大差がないのだろう。だから恭夜が尻込みしている気持ちが理解できないのだ。
 恭夜は目の前で翼を休める白い機体を眺めながらため息をついた。
 エアフォース・ワン。別名、空飛ぶホワイトハウス。
 機体の長さは70.7メートル、高さが19.3メートル。速度、マッハ0.92、乗員二十六人、収容人数102人。ひとたび何かが起これば、ホワイトハウスに集まる国の要人が大統領とともにこの機に乗り込み、空から作戦を展開するのだ。こういう飛行機を見ると、恭夜は世界が平和ではないことを実感する。
「どこかの馬鹿のように、口を開けたまま、ぼんやり見てるんじゃない。大統領が来るぞ」
「……え?」
 ジャックの言葉に恭夜は我に返った。
「ジャック、また面倒をかけたな」
 恭夜はテレビでしか見たことのないアメリカ大統領のマーティンを目の前にして、声を失った。相手は同じ人間であることは分かっているのに、大統領と言われただけで、すでに別世界の相手だ。とても陽気に挨拶などできない。
「いえ。副大統領がご無事でなによりです。ただ、私の仕事の経歴に傷を付けたリーランドだけは、必ず見つけ出していただきます」
 ジャックの言葉に大統領は苦笑していた。
 もっと穏やかに話すかと思った恭夜だったが、ジャックは何処まで行ってもジャックだ。普通、一般人が大統領に『必ず見つけ出していただきます』なんて言えるわけなどない。
「分かっているとも。必ず拘束する。今回はFBIの長官からも苦情を言われて困っているんだよ。私もあのような男だとは思わなかった。残念だね」
「ですから、何度も申し上げていたでしょう。あれはただのネズミだと。さっさと駆除しないからこんなことになる」
 ひ~。
 ジャックって、大統領に向かってこの口調。
 どうにかならねえのかよ~。
 恭夜は冷や冷やしながら会話を聞いていたのだが、大統領を警護するシークレットサービスはジャックに対して会話を制することもなく、ただ佇んでいる。ジャックの性格や人間性を熟知しているのか、それともジャックの父親がやはり政府の高官であるからこそ、沈黙しているのか、それは恭夜には分からなかった。
 けれど、どちらかというと大統領の方がジャックの機嫌をうかがっているような様子に見える。実はものすごい光景を恭夜は今、目にしているのかもしれない。
「まあ、そう言わないでくれ。私も騙されていたんだからね。そのお詫びにエアフォース・ワンに招待したんだよ、ジャック」
「そうですか」
 そ……。
 そうですかって、あんた……。
 もう少し言葉遣いなんとかならないのかよ?
 本来なら恭夜が間に入ってフォローを入れるところだが、相手が大統領だとそれができない。
「ああ、ジャック。ヴィンセントから伝言を預かっているんだがね」
「大統領、貴方が今のところアメリカで、表向きは一番の権力者だ。にもかかわらず、ヴィンセントの伝書鳩をされているのですか?」
「ジャックっ!」
 恭夜は思わずそう叫んで、ジャックの腕を掴んでいた。すると驚くべきことにジャックではなく、マーティンが口を開いた。
「いや、構わないんだよ。ジャックは誰に対してもこの通りでね。歯に衣着せぬところが私も気に入っている。私の周りにはこういう人材が一人もいない。だから、ジャックには側近になって欲しいんだが、絶対に了承してくれないんだよ」
 マーティンは嬉しそうに笑っていた。
 世の中にはジャックを側に置きたいと考える、奇特な人間もいるのだ。
「そ……そうでしたか。口を挟んで申し訳ありませんでした……」
 恭夜はそれだけをやっと口にすると、ジャックの背後へと隠れるように後退った。
「私の恋人は恥ずかしがり屋なんですよ……」
 恭夜はその言葉に目が飛び出るほど驚いた。
 ジャックは大統領の前であっても、恭夜のことを誤魔化す気がないのだ。
「ジャ……ジャック。やめてくれよ……」
 もごもごと小さな言葉で恭夜はジャックの背後から言ったが、肩越しにも振り返らない。
「ヴィンセントからも聞いているよ。君が日本にいるから、ジャックが家へ戻ってこないと言っていつも寂しがっている」
 うわ~。
 勘弁してくれよ~。
 大統領までジャックの父親の味方か?
「余計なお世話だ」
「そういう話はよそうか。ジャックの機嫌が悪くなる。親子の問題は親子で解決してもらうことにしよう」
 マーティンはそう言って、二人をエアフォース・ワンに搭乗するよう、誘った。



 恭夜は飛行機の中だとは思えない、まるでホテルのスイートのような部屋に案内された。といっても、窓は小さく、部屋も普通のスイートよりはかなり狭かったが。ただ、恭夜だけがこの部屋に入るまで目隠しをされた。なんとなくそれが気に入らないが、民間人が大統領の専用機に乗り込むのだから、仕方のない処置なのだろう。
「キョウ、飛び立つまでに大統領と少し話をしてくるから、おとなしく待っているんだよ。もっとも、この部屋からは出られないだろうが」
 ジャックはそう言って部屋から出て行った。
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