Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第32章

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 兄?
 似てないけど……。
 先程見せられた写真を思いだしても、パブロとトーマスは似ていないと恭夜は感じた。
「本当の兄弟なのか?」
 恭夜の問いに、パブロは表情を曇らせた。
「戸籍上の兄弟ではありませんが、それ以上の繋がりです」
 意味深なパブロの言葉に反応したのはモーガンだった。
「血の契約か……?」
「やはりご存じなのですね?」
 冷えた瞳をモーガンに向けたパブロは銃をモーガンに向けた。
「答えてください。私は貴方を殺す気はありませんが、返答によっては傷つけてしまうことになるでしょう」
 パブロの言葉に嘘は感じられなかった。いや、生きてここから出るつもりがないから、どんなことでもできるのだろう。それほどパブロの態度は一貫していたのだ。
「何度も言うが私は詳しいことを知らないのだよ。多分、それは大統領も同じだ。国民の誰もが大統領になると、国の暗い部分、その全てを知らされていると考えるだろう。だが、違う。大統領ですら知らされないことがアメリカには沢山ある。それは私にも言えることだ」
 モーガンは目を閉じたままそう言った。
「詳しいことを知らないのなら、知ってることを話せよ。俺だって被害者なんだ。あのとき何があったのか……当事者の俺が知らされてないなんて、フェアじゃない」
 恭夜は思わずそう口にしていた。
「彼も知りたがっていますよ。私も知りたい」
「主導はCIAだ」
「それこそ、アメリカ大統領直属の情報機関でしょう。なのによく知らないと?」
 CIAはアメリカ大統領直属の中央情報局で、1947年に設立された、国家安全保障会議につながる情報機関だ。
「ああ、よくあることだ。事が起こり、全てが終わった後で知らされる事項も多い。この場合大統領であっても異議を唱えられない。要するに、大統領の手を煩わせるほどの事項ではないと判断された場合にこういう事態が起こる」
 恭夜にはアメリカの権力者の構図がよく分からない。日本より複雑で、機関が多岐に渡るからだ。しかも人種が入り乱れ、日本人であるから理解できない事も多いのだ。
「血の契約ってなんだよ……俺はそんなの耳にしたことがない」
 恭夜がそう言うと、パブロはチラリと視線を向けただけで何も答えなかった。その代わりにモーガンが答えた。
「クー・クラックス・クランというのを知っているか?」
「え、はい」
 略称KKKと呼ばれる白衣団で、南北戦争後、アメリカ南部諸州に起った秘密結社だ。第一次大戦後再び各地に起り、白人至上主義によって黒人を迫害し、アメリカ的価値擁護の名のもとに旧教徒・東洋人などを排斥している。また進歩主義者にテロや暴行を加える差別主義者だ。現在も南部諸州などに分散して存続していた。
 恭夜も知っているが、それが血の契約に関わっているのだろうか。
「あれと全く逆の団体だと思えばいい。奴らがどういう名称を使っているのかはしらんが、様々な人種で組織され、血の契約で結ばれた団体だと話には聞いている。表向きは平和主義者だが、彼らが何をしていたのかまでしらん」
 突然出てきた話題に、恭夜は頭が痛くなりそうだった。未だかつてKKKに関わる人間に出会ったこともない。ニュースで三角巾を被った人々を見たことがあるだけだ。いや、KKKの話ではなく、それとは逆ということなのだから、関係がないのだろう。
「待ってくれよ。いきなりそんなことを言われても……。あ、そうだ、あのとき人質は俺だけじゃなかった。それ、あんた達は知ってるのか?」
 その言葉に反応したのはモーガンだった。
「本当か? それは誰だった?」
 モーガンも知らない様子だ。副大統領が何も知らないと言うことがどう考えても恭夜には信じられない。とはいえ、誰が信じられる相手か、嘘を付いているのかも恭夜には知る手だてなどない。
「俺は名前も知らない。立て籠もった家の持ち主の家族だ。でも詳しくは知らないんだ。両親とその娘の三人いた。何処で拉致されていたのか俺の記憶は曖昧で、名前が出てこないし、表札を見たという記憶もない。だからあの家の持ち主を知らないし、もっと他にいたのかどうかも全く覚えていないんだ。ただ……」
 これを話して良いのかどうか恭夜には分からなかったが、パブロも深く関わっている様子だ。しかも恭夜よりいろいろ知っているように見える。恭夜の言葉に反応し、新しい事実を話してくれるかもしれない。
「……俺はあそこにいた人質と、数ヶ月前に会った」
「いつですか?」
 パブロの瞳が光った。同時に銃口がこちらを向く。
「二ヶ月ほど前」
「どういう状況で?」
 首を絞められたとはとても恭夜は言えない。
「ジャックの仕事に付き合わされて、そこで一瞬だけ会った。それだけだ。別にたいそうな話しもしなかったし、結局、その男が誰かっていうのは分からなかった」
「待ちなさい。二ヶ月ほど前のジャック・ライアンの仕事は小学校の立て籠もり事件だな?」
 モーガンは急に目を大きく見開いて身体を浮かせた。顔色はますます悪くなっていく。本人も苦しいはずだが、今はそんなことを構っていられない様子だった。
「そうです」
「……あそこである男が自殺したと聞いているが……まさかあの男が関わっていたのか?」
 体の調子が悪くて震えているわけではなく、確かにモーガンは動揺しているように恭夜には見えた。だが、恭夜が驚いたのはそんなモーガンの姿ではない。自殺した……という言葉だ。では、あの男はあの後、自殺したのだろうか?
 恭夜に対して行ったことを後悔して?
 それは自らの意志だったのか?
 それとも――。
「自殺? 私が調べたところでは、将軍のドーソンは自動車事故で亡くなったと書かれていましたが……。ではそれも、情報操作ですか……」
 呆れたような、それでいて軽蔑の籠もった瞳でパブロはモーガンを見据えた。そこには恨みと言うより怒りが感じられる。
「将軍?そんな偉い人だったのか?」
「偉い?とんでもない。最低の男でしたよ……」
 パブロは冷笑を浮かべた。
「俺……俺には分からない。何が……どうなってるんだ?」
 恭夜が頭を抱えていると、額に鈍い鉄の感触が当てられた。パブロの銃口が再度恭夜の方を向いていたのだ。
「……なんだよ。俺はあの件には関係ないって話したよな?俺は巻き込まれただけだ」
「貴方はまるで物事を理解していない。ですが、それでも知りすぎています」
 穏やかな口調だが、パブロの瞳には鋼鉄の意志が宿っている。恭夜がどれほど懇願したところで受け付けない冷酷な男がそこにいた。
「俺を殺して……あんたの何が満足できるんだ?」
 殺されるという事実を認識した身体が小刻みに震え出した。だらしなく怖がり、震えることはこちらの弱みを見せることになって相手を有利にさせる。なんとか平静を装うと必死に自分の気持ちを抑えるのだが、パブロから放たれる死の気配に戦慄して、身体の震えが止まらない。
「何も……残るのは哀しみだけです」
 小さく息を吐き出し、パブロは言った。
「だったら、止めておけばいいだろ。俺は死にたくないし、殺されたくなんてない。赤の他人から人生を奪われるなんて絶対に認めないっ!」
 ジリジリと後退る恭夜を、パブロは追いつめる。
「あそこにいた人間は全てそう考えていたでしょうね。貴方一人で逝かせたりしません。すぐに私も後を追います」
 何故、見知らぬ男と死ななければならないのだ。
 どう考えても、恭夜には納得がいかない。
「俺は……嫌だ」
「許してくださいね……恨むならジャック・ライアンを恨みなさい」
 目を細めて淡々と言うパブロには迷いはなかった。
 もう駄目だ――と、恭夜が目をギュッと閉じたところで、ジャックの声が響いた。同時にパブロの持つ銃口が額から離れていく。
「ネゴシエイターのジャック・ライアンだ。丸腰で武器は持っていない。話し合いに来たんだ。中に入れてくれないか?」
 ジャックの声に恭夜は逃げられない状況で有りながらも安堵が身体を覆い、思わず涙がこぼれそうになった。
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