Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第19章

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「……なあ、俺、いつまでここにいたらいいんだ?」
 口を尖らせて恭夜が言うと、ジャックはチラリと視線をこちらに向けて、新しい新聞を読み始めた。
「俺、着替えも持ってきてねえし、仕事だってある。しかも、ここに、ずーーーーっと、軟禁されるなんて、考えたくねえ」
 はあ~と、ジャックにも聞こえるように恭夜はため息をついてみせたが、問題の男は新聞を読むことに必死なのか、何も口にしない。
「……明日には帰国していいか?」
「駄目だ」
 即答だった。
「あんた、聞こえてるんだろっ!俺が聞いていることに答えろよっ!」
 恭夜が叫ぶと、ジャックは髪を撫で上げて、持っていた新聞を脇に避け、覆い被さってきた。
「ぐは~……よせ~!俺はもう、やるきなんて、これっぽっちもねえっ!」
 ジャックの下で恭夜はあるだけの体力を振り絞り、手足をばたつかせる。だが、ジャックは恭夜を拘束したまま耳朶や、首筋を舐め上げてきた。
「ひっ……ジャック……っ!」
 どれほど擦られても己の雄はぴくりとも動かないと、先程まで本気で考えていた恭夜だったが、ジャックの指先に翻弄されて、ジワジワと固く強張ってくる。
「ぎゃーーーーーっ!」
 へろへろになっているのに、己の雄が反応している事実が信じられなくて、恭夜は思わず絶叫を上げていた。
「私が仕事を終えるまで、キョウはここにいるんだ。いいな。勝手にウロウロと外に出るんじゃないぞ。ああ、着替えが欲しいのなら、テイラーをつけてやるから、明日にでも買い物に出て好きなものを買ってこい。一人ではこの病院から出さない。いいな?」
 本気ではなかったのか、ジャックはそれだけ言うと手を引いて、また新聞に目を向けた。
「……あのなあ……」
 口が届くのなら、恭夜は己の雄に息を吹きかけて、冷やしたい気分だ。
「まったく。ハニーの絶倫には困ったものだ……」
 ジャックの言葉に、顎が外れてしまいそうなほど呆れた恭夜だったが、もう何も言わずに惰眠を貪ることにした。



 翌朝、恭夜はテイラーに連れられてショッピングセンターへと足を運んだ。恭夜は一円の金も持たずに来たのだが、朝食時にジャックが輪ゴムで束ねた百ドル札を用意してくれた。だが、手を開いてやっと掴めるほど厚い札束を見た瞬間、恭夜は思わず押し返しそうになったが、それよりも素早くジャックが立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
 恭夜は仕方なくポケットに札束の何枚かをポケットに突っ込んで買い物に出かけたのだ。だいたい、そんな大金をポケットに入れて買い物をするなど自殺行為だろう。所持しているのが分かったら、強盗のいいカモにされる。
「あの……テイラーさん」
 ショッピングセンターで、周囲をキョロキョロ見回し、歩くテイラーに恭夜は困っていたのだ。なんだか、自分が重要人物のように扱われているように思えて、こそばゆくなる。
「なんだい?」
「このまま空港に連れて行ってくれませんか?実は、あっという間にここに連れてこられたので、仕事を投げ出して来たんですよ。本当に困ってます」
 恭夜の言葉にテイラーは顔を左右に振った。
「それは、無理だね。私が、君をここに呼び寄せるように本部へ掛け合ったんだ。ジャックじゃないさ」
 肩を竦めてテイラーは言う。
 では、ジャックが指示したわけではなく、テイラーが指示したのだ。
 このおっさんも、ぐるかよーーーー!と、心の中では叫んでいたが、テイラーにはいろいろと世話も掛けているため、口には出せなかった。
「どういうことですか?」
「……いや。いろいろと都合がね……」
 ごほんと咳払いをして、テイラーはまた明後日の方向を見ている。
 なんだか変だよな……。
 ニコニコとした表情をテイラーは向けてくれていたが、挙動不審な上、どこか顔色が冴えない。
「テイラーさん。身体、どこか悪いんですか?」
「いや……事件がね、気になってるんだよ」
 ははっと笑うテイラーだったが、心ここにあらずで、いつものように額を拭っては、小さなため息をついている。
「……俺、自分で買い物をしますから、事件の方へ戻ってくださってもいいですよ。ガキじゃないですし、一人で帰れます」
「それは勘弁してくれ。ただ、頼むから、逃げないと私に約束して欲しい。もし、君が逃げ出したら、私はジャックに合わせる顔がなくなってしまう……」
 額を拭い、たっぷりした腹を撫でて、テイラーは苦笑いを浮かべた。
「……別に、いきなり逃げたりしませんけど……」
 本当は、回れ右をして、脱兎のごとく逃げ出したいのだが、一緒に行動している相手がテイラーということもあり、恭夜には実行に移せなかったのだ。
「君には本当に申し訳なく思っているよ。ただ、逃げ出したとしても、ほら、君は不法入国だから、空港に行ったところで手続き通り日本には帰れない。悪いと思ってる」
 ……。
 俺は、どう答えたら良いんだ?
 全ての希望をうち砕かれたような気分に陥りながら、恭夜は持っている荷物を持ち直した。暫くは様子を見るしかないのだろう。要するに全てジャックが悪いのだ。
「買い物は終わったかな?」
 恭夜が持つ紙袋を眺めながらテイラーは言った。
「え……はい」
 衣服は買った。それ以外に何が必要だろうと考えても、恭夜は直ぐに出てこない。足りなければまた買い物に出たらいいのだろう。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「お茶でも飲んで帰りません?」
 部屋から出られない生活を暫く送るのなら、このくらいのわがままを聞いてもらえるだろうと恭夜は考えていたのだが、予想に反してテイラーは首を横に振った。
「……気になるんだよ」
 恭夜の背後をチラリと見てテイラーは言う。つられるように恭夜も後ろを振り返ってみたが、沢山の買い物客が店先にある商品を物色している姿しか見えない。
「……気になる……ですか?」
「ジャックから頼まれた君に対し、私が神経質になりすぎているだけだと思うんだがね。あまり長居しない方がいいだろう」
 背後に向けていた視線を戻し、テイラーは足早に歩き出した。
「さっきから周りを気にしてましたよね?誰かついてきてるとか?」
「そういうわけじゃあないんだが……」
 はは……と笑うテイラーは、無理に笑顔を作っている。
「……テイラーさん、もしかして誰かに恨まれてるんですか?じゃあ、過去の事件で捕まえた男が、テイラーさんに復讐を誓っていて、そいつが、最近、刑務所を出たとか出ないとか……」
 恭夜の言葉にテイラーは目を丸くさせて、次に笑った。
「とりあえず車に乗ろう。それからだね」
 駐車場まで来ると、テイラーは恭夜を車の前で待つようにいい、車をぐるりと点検してから助手席の戸を開けた。
 恭夜は荷物を後ろに置き、助手席に座る。テイラーは運転席の戸を開けたまま、まだ外にいて周囲を窺っていた。その上、恭夜は今、気がついたのだが、テイラーの手は腰元にぶら下がる銃に置かれている。
 ずっとそうしていたのだろうか。
 暫くしてテイラーは運転席に座り、戸を閉めると車のエンジンを掛けた。
「やっぱり……何か気になることがあるんですか?」
 車道に出て車が走り出してから、恭夜はもう一度聞いた。
「君は気付かなかったのか?」
 チラリと目だけをこちらに向けてテイラーは意味ありげに言う。
「……全然」
「アラブ人らしい男が二人、私たちをつけていたよ。ちょうど、そうだね、ショッピングセンターに入ってからだ。私はあちらさんに絡む仕事はしたことがないから、関係があるとしたら君だろうと思ってね。心当たりはあるかい?」
「は?」
 生まれてこの方、アラブ人と関わったこともなければ、知り合いにもいないのだ。だから、アラブ人につけられるような覚えがない。
 ただ、アラブ人と言われて真っ先に思い出すのはサラームだ。
 もしかするとサラームの関係者だろうか?
 とはいえ、もしサラームがアメリカに来ているのなら、ジャックに直接会いに行くはずだ。
「じゃあ、ジャックがらみかもしれないな……」
「……ジャックに関係していると思うんですけど、俺をつけても仕方ないでしょう?」
「君はジャックが溺愛している恋人だよ」
 思わず恭夜が吹き出しそうなことをテイラーは真面目に言った。
「……そそそ……そ……そういうのは……なんていうか……」
「その恋人を追いかければジャックの居場所が分かる。そう言うことかもしれないな。今のところジャックに受けてもらっている仕事は極秘で、まだ発表はされていないんだ」
 テイラーの言葉に恭夜は項垂れた。
 だから、日本から出たくなかったのだ。アメリカに来たからきな臭くなっている。
「君はジャックから今回の仕事の内容を聞いているんだろう?」
 恭夜は首を横に振った。ジャックは滅多に仕事内容を口にしないのだ。いや、皆無と言った方がいい。
「……君達は昨日から、そういった話し、一つしていないのか?ジャックが話すかどうかおいて、普通突然こんなところに連れてこられたら君だって理由を聞くだろう?」
 なんていうか……。
 話というのは全くなくて……その。
 やりまくってたというか……はははは……。
 無言で肩を竦めた恭夜に、テイラーは事情を察したのか顔を赤らめ、小さな声で「いや、悪かった」と言った。
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