Angel Sugar

「唯我独尊な男4」 第20章

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 いくつか新たに上がってきたパブロの情報に目を通していると、テイラーが帰ってきた。顔を上げたジャックの視線をいきなり外すテイラーの態度にジャックは片眉を上げる。
「キョウは無事に帰ってきたんだろうな?」
「え、あ、もちろんだ。ただ、ちょっと気になることがあってな」
 テイラーはジャックの隣に腰をかけて、肩を竦めた。
「気になること?」
 持っていた書類をテーブルに置き、ジャックは相変わらず視線を外しているテイラーの顔を睨み付けた。
「なあ、ジャック。お前の仕事でアラブ人が絡んだものは無かったか?私の気のせいならいいんだが、キョウくんをつれて買い物をしている間中、怪しいアラブ人の二人につけられていたんだ。別に危害を与えるような行動は見られなかったが、一定距離を保って私たちの後ろをずっとつけてきた。少々気味が悪くてね」
 深いため息をついてテイラーは額を拭っていた。
「……そうか」
 サラームの部下だろう。あの男は一体何を考えているのだと腹立たしく思う反面、目的がどちらなのかジャックは計りかねていた。
 ジャックの居所を探そうとしているのか、それとも恭夜に対して、何か企んでいるのか。
「ジャック。お前、心当たりがあるんだな?」
 考え込んでいるジャックにテイラーは視線を向けて心配そうな表情をしている。
「まあな」
「何があったんだ?」
 テイラーが更に問いかけようとするのを、ジャックは冷えた目つきで黙らせた。
 だいたい、ジャックもサラームの行動を把握していないのだ。テイラーに話せることなど何もない。
「……余計なことを聞いて済まなかった。ただ、気をつけさせた方がいい。キョウくんは以前、いろいろあったはずなのに、驚くほど無防備になれる。ああいうタイプを私も見たことがないんでね。この病院内に、うちの捜査員がそれとなく配置されているから、怪しいアラブ人には気をつけるよう指示を出しておくよ。まあ、ここでは問題など起こらないと思う。だが、一人で外を歩かせない方がいい。……ああ、私にコーヒーを入れてくれないか?」
 近くに座っている捜査員の一人に声を掛けて、テイラーはジャックがテーブルに置いた書類を手に取った。
「お前が使っている部下は、全て信用できるんだな?」
 テイラーにコーヒーを持ってきた捜査員をジャックは横目で見つめた。
「ああ、悪いね。……ジャック、何を言い出すんだ?」
「言葉そのままだ。あくまで他人だ。お前を含めてな。嫌なネズミが混じっていないか……と、聞いている。どうなんだ?」
 ジャックが気になっているのはそこだった。
 副大統領が人質に取られていることもあり、捜査員の人数はかなり投入されているのだ。ジャックが病院内のロビーだけでも捜査員だろうと思われる人間を五人見つけた。ぐるりと見回しただけでも直ぐに分かる、下手な変装をしているために、ため息しかでなかったが。
 そんな大所帯で、ネズミがいないとは限らない。手際よくパブロが副大統領を人質に取った経緯から考えても内部に手引きした人間がいると考えるのが妥当だろう。
「……全て……と言われると痛いな。ただ、ここで使っているFBIの職員は、以前のチームと同じで、お前の心配することはないと思うが、他に配置されている人員や、大統領から直に命令されて待機させられている特殊部隊は駐車場にいる。軍からも人間がだされている。こんな状況を私に全て把握しろと言われても、困るというのが正直なところだよ。だいたい、ジャックが来てくれたから、今はうちの主導で動いているが、いつ剥奪されるか分からない状況だな」
 困惑したようにテイラーは言い、捜査員に入れてもらったコーヒーを一口飲んだ。
「……面倒だな。一つに集中できない状況で、私にどうしろと言うんだ……」
 ため息をつきたいのはジャックの方だ。
「……そういうなよ。私も困っているんだから……」
 テーブルにカップを置いて、薄くなった髪をテイラーは掻く。
「まあいい。ただ、その、怪しいアラブ人をこの界隈で見つけたら、拘束して私の前に連れてきてくれ。聞きたいことがある」
「分かった。そう手配しておくよ。……話を変えるが、私が出かけている間に、パブロから連絡はあったのか?」
 ようやく視線をジャックに合わせ、テイラーは言う。
「無いな。最初から分かっていたら私がハニーとショッピングに出かけたものを。面倒な相手で腹立たしい。上がってきた報告書は、またマニュアル通りのものばかりで、パブロの人物像を描ける資料にはなり得ないものばかりだ。FBIはどういう教育をしているんだ。無能な奴はさっさと、アカデミーの訓練学校に戻した方がいい。私はね、無駄な時間を浪費するのが一番気にいらないんだよ」
 捜査員達はジャックの言葉に怒りを表すどころか肩を竦めたり、俯くばかりで反論する人間一人いない。こういう覇気のない捜査員ばかりでジャックは退屈になっていたといってもいい。
「まあ、そう言ってやるな。お前の基準から考えると物足りない奴らばかりだろうが、優秀であることは間違いないんだ」
 テイラーはにこやかな表情でそう言いきった。
「……幸せだな……お前は」
 今日もパブロは動くつもりがないのかとジャックが考えていると、電話のコールが鳴った。
「パブロ・ブロックから連絡が入ります」
 捜査員が緊張した面もちで切り替えのスイッチに手をかけている。
「分かった。回してくれ」
 マイクを口元に合わせ、ジャックは両手を組んだ。
『要求があります』
 パブロはいきなりそう言った。
「どういったことでしょう」
『場所を変えて、シェルターの方へ移動したいんです。シェルターを動かすキーは副大統領がお持ちですので、私が譲り受けました。そうですね、六時ちょうど、ここから移動します。下手な行動にそちらが出るようでしたら、副大統領の命は保証ができません。注意していただきたいのは、私の要求に待ったは無しです。上の許可をもらうという引き延ばしも無駄です。六時ちょうど。そちらが許可されようとされまいと、私は行動に移す』
 淡々とした口調でパブロは言う。それは焦りの欠片も口調に滲ませない落ち着いた態度だ。
「分かりました。そのように上へ伝えましょう」
『そうですね、せっかくみなさんの前に私も姿を見せますので、私を担当しているネゴシエイターの方を是非拝見したいのですが、廊下に出てくださいますか?これでも人を見る目を持っているんですよ』
 息の乱れを感じさせない口調は、訓練で鍛え上げられたものであることをジャックは承知していた。こういった相手は、口調から怯えや焦りを聞き取りにくい。非常に自制心の強いタイプなのだ。
「いいでしょう。私も貴方の姿を拝見したいと思っていたところです」
 ジャックの言葉にパブロは電話を切った。
「おい、待て、シェルターになど移動されると困る。強行突破をする場合、通風ダクトのある今の部屋にいてもらわないと困るんだ。気のゆるみでカーテンに隙間が出る可能性だってある。なのに、エレベーターしか手段のない、地下何十メートルも下にあるシェルターに移動することを許可するなんて、お前、どういうつもりなんだ?」
 額を拭いながら、テイラーは怒鳴るように声を上げた。
「こちらが引き留めたところであの男は六時に移動すると言った。分かるな?送電を止めようとしても、シェルターに関しては外から操作できない。セットになっているエレベーターも同じだ。お前も知っているだろう。あいつはキーでしか動かせないし、逆に言えば、キーを持っているパブロのやりたいように移動させるしかない。ここで、パブロに対し、できない、待てという言葉は絶対に使えないんだ。行きたいのなら行かせてやれ。これは交渉だ。テイラーが強行突破を念頭に置いているのなら、私を首にして、死体の山を築くんだな」
 吐き捨てるようにジャックが言うと、テイラーは手の平を上にして両手を上げた。お手上げだと言いたいのだろう。
「……廊下に出たところで撃ち殺すのはどうだ?」
「……私を首にするんだな?なら、そうしろ。上手くいくわけなどないぞ。通路の突き当たりにシェルターへのエレベーターがある。周囲に窓はない。副大統領が拉致されているのは一番奥の部屋だ。こちらのバリケードがあるのは二つ部屋を隔てた手前だ。そこからしか撃つことはできない。挟み打ちにできない状況は、どう考えても失敗に終わると忠告して置くぞ。相手はこちらのやり方を嫌と言うほど知っているプロだ。下手な小細工をしたところで無駄だ。いい加減、それを分かれ」
 ジャックはあと三十分で六時になることを確認して、椅子から腰を上げた。
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