Angel Sugar

「障害回避」 第4章

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「ど……どうしてそんなものがうちの敷地に……っ……」
 吐き気と、なにか胸に詰まったような痛みを宇都木は感じた。両親が誰かを巻き込んだのか、それとも、何かの犯罪を隠蔽したのか。記憶を辿ろうとしても、あまりにも小さな頃の話で、その片鱗すら見あたらない。
「いや。犯罪という感じではないそうだ。骨格が小さくてね。まだ、全てを調べ終わっていないそうだからはっきりとは言えないらしいが、子供の骨だろうということだったよ。亡くなった当時の年齢や性別までまだ特定されてない。いずれ分かるだろうが。宇都木。兄弟がいたことを覚えているかい?逆に兄弟がいたという話をご両親から聞かなかったかな」
 宇都木の気持ちを宥めるように、真下は穏やかな口調で問いかけてきた。
「……え、いえ。そういう話は……聞いた覚えはありません。私……私はずっと一人っ子だと思っていましたし……。では、両親が子供を殺して……」
 ゾッとするような考えに、宇都木の思考は停止しそうだった。両親が子供を何かの理由で殺したのだろうか?そして庭に埋めたのか。考えれば考えるほど、恐ろしく、そして現実から離れていく。
「ああ。すまない。違うよ。自然死だろうという話だ。骨は綺麗に残っていたらしいからね。事情があって、届けることができなかったのだろうと、私は予想しているんだよ。だから、そういった心配はしなくていい」
「……あ、そ……そうですか……」
 ギュッと胸元で手を組んで、宇都木は唇を噛みしめた。頭が混乱していて、滅茶苦茶になっている。なにを口にすればいいのか、言葉として出せばいいのかも分からない。乱れた胸の内は、全てを真っ白にしているのだ。
「宇都木。よく聞きなさい。いいね。例え、ご両親が何か事情があって子供を埋めたのだとしても、それが、病気で届けることもできずに自分達の手で葬ったとしても……だ。問題は、当時、そこに住んでいて、事情を知っているかも知れない宇都木が警察に呼び出されることなんだよ。こちらは東様の方も手を尽くしてくださるから心配はしなくてもいい。新聞の方も適当にはぐらかすか、小さな事件として扱って貰えるように細心の手配をする。だが、どうあっても問題として残るだろう」
 言葉を選び、一つずつ、真下ははっきりとした口調で宇都木に言った。
「は……はい。はい。分かって……分かってます」
 上擦ったような声で答えながら、顔を何度も上下させるのだが、心が遊離してしまっているように、物事が理解できない。真下の言っていることが耳に入っているにもかかわらず、言葉が頭に残らないのだ。
「しっかりしなさい。いいね。宇都木がしっかりしないでどうする。違うか?どうせ過去のことだ。大抵のことは握りつぶすことができるだろう。ただね、宇都木が警察に呼び出されて調書を取られることは確実だ。名前も署名も残るだろう。このことで、足を引っ張りそうな件が一件だけある」
 真下は宇都木から視線を逸らせず、まっすぐこちらを向いたまま話し続けた。
「邦彦のいま持っているプロジェクトだ。いま、一番、大切な時期だろう。私からこういったことを宇都木に頼みたくはないんだが、しばらく、邦彦の秘書を休むことはできないか?内部資料の方も、人事の方へ確認して宇都木の存在すらしばらく消してもらうことを依頼する。あのプロジェクトを潰したい企業は沢山いて、例えどんな小さなことであっても、それをネタにするはずだ。私の話していることが分かるかい?」
 そうだ……。
 邦彦さんに迷惑がかかる。
 しっかりしないと。
 私が……しっかりしないと。
 宇都木は必死に自分の乱れている気持ちを落ち着け、何度も深呼吸をした。いま守らなければならないのは、己の立場でも、自分自身でもない。このことで、せっかくのプロジェクトを潰しかねない、問題をなんとかしなければならないのだ。
 新聞に一体どういった形で載るなどまだ、分からないが、宇都木の名前が出てしまうかもしれない。考えたくはないが、もし両親が子供を殺していたとなると、問題は更に大きくなるだろう。これは、如月の仕事もそうだが、東のグループ自体にも響く恐れがあるのだ。
 これほど世話になって置いて、後足で砂を掛けるような存在に自分がなってしまうなど、宇都木は考えたくない。
「だ、大丈夫です。取り乱して、申し訳ございません」
 言い終えて、宇都木は紙コップに入っているコーヒーを飲み干した。ぬるくなっていたが、自分を取り戻すのに苦いコーヒーは最適だった。
「いや、取り乱すな……というほうが酷だろう。宇都木はなにも知らなかったようだしね。いや、知っていたら先に話してくれていただろうから、私も報告を受けて驚いているよ」
 前屈みになっていた姿勢を戻して、真下はソファーに背を凭れさせた。
「もうすぐにでも私のことは手配してください。しばらく……身を隠した方がよろしのでしたら、そういたします。私の身の振りは全て東様や真下さんにお任せしますので、一番東家にとっていい方法をお選び下さい。私個人のことはご心配無用です」
 如月の秘書という立場はどうしても守りたかった場所だが、宇都木が何よりも守りたいのは如月のことだ。いま持っているプロジェクトはどうしても成功させなければならない。会社にとっても、如月にとっても重要なことだ。宇都木のことなど問題ではない。いや、問題にしてはならないのだ。
「……そうだな。当分、自宅で家事を楽しむのがいいだろう。仕事をせずに自宅に籠もることは宇都木にとっても退屈なことかもしれないが、社員として名簿から外すだけだからね。状況がこれからどう変わるのかまだ分からないが、今、できることはそのくらいだね。出てしまった骨が一体どういうものなのか、一週間ほど鑑定に時間がかかると聞いているから、それが終わってからもう一度考えようか?」
 どこまでも宇都木を気遣う真下の言葉に、涙が出そうだった。宇都木が最も辛いのは仕事を失うことではない。如月の側を離れることだ。あの、二人だけの空間をなによりも大切にしていることを真下が知っているからだろう。
「ですが……私は……あそこからも出た方がいいのではないかと……」
 絶対に口にしたくない言葉だ。だが、如月を守るためなら宇都木はなんだってできる。宇都木にとって、一番大切なのは如月だったからだ。彼の名誉を守るためなら、どんなことでもするだろう。
「おいおい。過激にならないでくれよ。そこまでする必要はないと私は思っているよ。もし、仮にそういうことになれば、こちらへもどってくるといい。宇都木の部屋はまだそのままにしてあるし、気晴らしに鳩谷君の勉強を見てやってくれると逆に私はありがたいよ」
 小さく笑って真下は言った。
「……それは……」
「鳩谷君は宇都木のファンだから、喜ぶだろう。しかも手のかかる子供だ。相手をすれば毎日退屈しないだろう。宇都木も気晴らしになる。違うかな?」
 真下は優しい瞳を宇都木に向けていた。
「……はい。じゃあ、私は明日からでも戻って……」
 といったところで、真下は宇都木の言葉を遮った。
「宇都木。私は言ったね。まずは、邦彦のマンションでしばらく家事をしなさいと。問題が大きくなった場合のみ、こちらに戻ってくることを許すと。いいね。宇都木が心配するのも分かるが、この程度のことで東家全体が揺れるようなことなどないんだから、気に病むこともない。出てしまったものは仕方ないが、事情が分からないのだから、仕方ないだろう?」
「……分かりました」
 俯き加減に宇都木は答えた。もう、いまからでもここに戻り、部屋へ籠もってしまいたい気分に駆られていたのだ。
「宇都木。私はね。考えたくないが邦彦の気持ちも考えているんだよ。どういった事情であったとしても、あの男は宇都木をとても愛しているから、手放したいなどと考えないだろう。なのに、私が、東家を盾にして宇都木を呼び戻したと知ったら……。恨まれてしまいそうだろう?ああ。絶対に詰め寄ってくるね。あの男はそういうところがある。状況などなにも考えずに、また門のところで頑張りそうだ。それこそ、困るね」
 真下は以前、如月が雨の中宇都木を一晩待っていたことを話に出してきた。だがあのときと状況が違うと、宇都木は口から出そうになったが、結局言えなかった。真下が決めたことは、当主である東の次に優先されるからだ。
「宇都木。心配しなくていい。ほんの暫くのことだよ。少しの間、家事をして、慣れた頃に解決しているだろう。ただ、警察からは呼び出しが入るだろうから、心にとめておいていて欲しい。警察からの連絡はこちらを通してもらうようにはしてあるから、直接宇都木の方へはいかない。安心しなさい」
 宇都木は不安を押し殺しながらも、真下の言葉に頷いた。
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