「障害回避」 第16章
「……私もシャワー……ん……」
軽い啄むようなキスを落とされ、宇都木は小さく身体を震わせた。如月の指先はいままで触れていた唇を撫でる。
「邦彦さん……」
真っ直ぐ向けられている如月の青い瞳には宇都木の姿が映っていた。宇都木はこの瞳に捕らわれているのだ。
「シャワーはあとでいいだろう?」
誘われるまま、もう一度頷いて、宇都木は如月にすり寄った。
「未来……もういい……」
いつもよりしつこく食いついてくる宇都木に驚きつつも、己の雄を口いっぱいに含んでいる宇都木の髪を如月は撫で上げる。だが、宇都木は如月の声が聞こえていないのか、額に汗を浮かばせて己の行為に没頭していた。
「……未来、いいから」
宇都木の頭を撫でていた手に少しだけ力を込めて、如月が言う。するとほんのり色づいている宇都木の唇が、ゆるやかにそしてもったいぶるように如月の雄から離れていく。
「邦彦さん……」
扇情的な瞳を向けた宇都木は四つん這いになったまま、如月の胸元まで身体を寄せてきた。色づいた宇都木の肌は滑らかで、如月が指先で触れるとじっとりと汗ばんでいる。
「私が我慢できなくなる前に、ここを柔らかくしてやらないとな……」
宇都木の双丘に手を伸ばし、割れた部分に指先を滑り込ませて窄んでいる宇都木の後腔に触れた。
「……あっ……」
ピクッと身体を一つ震わせて、宇都木は腰を艶めかしく振った。こういう宇都木を見ていると、如月は身の内から欲望が溢れそうになる。
「未来……」
「邦彦さん……早く欲しい……」
しなだれかかるように、宇都木は如月の首に腕を巻き付けて、娼婦顔負けの目つきを送ってきた。
「ああ……分かってるよ」
入り口を固く閉ざしている部分を揉みほぐしながら、いつもとどこか違うそんな宇都木の姿が常に気になっていた。
問いかけたとしても、宇都木は如月に何も話さないだろう。
分かっているが、こういう姿を見ていると如月も辛いのだ。セックスに没頭することで一時的に宇都木は捕らわれていることがから逃げようとしている。それが分かるだけに、如月は胸が痛んだ。
宇都木は決して如月を信用できないからという理由で話さないのではない。ただ、これが宇都木の性格なのだ。
とはいえ、こういう宇都木を放置していて今までいい結果が出たことがなかった。以前もそうだったが、宇都木はどうしても自己完結してしまう節がある。自分で自分を追い込んでしまうのだ。
自然に話し合える間柄になれないのだろうか……。
楽しいことはいい。辛いこと、苦しいことを己の中で一人で持っていないで如月は聞かせて欲しいのだ。二人でいる時間が増え、余計に如月はそう考えることが多くなった。
「……あっ……」
薄く開き始めた蕾に指先を突き入れると、宇都木は頬を赤く染め上げて、身体を捩った。内部に入っている如月の指で、セックスの疑似体験でもしているように、宇都木は腰を振る。身体を密着させながらも、如月の首筋に宇都木は熱い吐息を吹きかけた。
「……未来……そんなふうに煽るな。ちゃんとしてやるから……」
欲しがっている身体をもてあましている宇都木の姿に、如月は思わず小さく笑いが漏れた。
「ああ……もっと……奥を擦って……」
宇都木は焦れているのか、何度も如月を煽るように己の胸を擦りつけてくる。小さな胸の尖りが肌に触れ、突起に擦られると、如月も堪らない。
「分かってる……ここだろう?」
「……あっ……ああっ……もっと……」
指を奥まで沈ませると、宇都木の吐息にますます熱が籠もった。唇を濡らし、どこか焦点の合っていない宇都木の瞳は快楽の虜になりつつある。
宇都木が愛おしい……。
力強く抱きしめたくなる瞬間だ。
「もっと……邦彦さん……っ!」
「ああ……分かってるよ」
指を動かし、如月は宇都木の内部を擦りあげた。揺れる宇都木の腰はますます激しさを増してくる。
「未来……」
会社で宇都木は精神力の強い男だと思われがちだ。
宇都木はクールで、笑うことなく、いつだって冷めたような顔をしている。愚痴もこぼさず、淡々と完璧に仕事をこなす宇都木は、社内でそう取られても仕方がないのだろう。
仕事でミスをしない。
如月が賞賛されるような男になるために、宇都木は傍らで身を粉にする。
それが人生の目的のような、宇都木の仕事ぶりだったからだ。
だが決して強い男ではない。
宇都木は硬い鎧を身に纏っているが、驚くほど繊細なのだ。傷つきやすく、いつも不安に駆られている。どれほど宇都木に愛の言葉を囁いても、胸の内にまるで楔のように刺さっている宇都木の不安は抜けることがない。
こんな宇都木をどうしてやれば、如月は幸せにしてやれるのだろう……と、日々考えている。
如月は宇都木を心から愛していた。
この男を失うことなど考えたくないほど、今ではもう、無くてはならない存在だ。自らは宇都木に癒されているのに、如月は宇都木を癒せない。かといって、話し合いもできないのは宇都木が強く問いつめられることを望んでいないからだ。
これが如月のジレンマだった。
「もう……我慢できない……」
如月の雄を支え、宇都木は自ら腰を落とした。狭い内部に誘われるまま深い部分まで到達した雄は、襞に絡まれて圧迫される。体温より熱い中は脈打っていて、その振動を敏感な部分へと伝えていくる。
「……つっ……」
如月は思わず呻いた。
張りつめた雄が宇都木の内部で締め上げられていくのだ。駆け上る快感が如月の理性を降参させて、獣に似た攻撃的な感情を呼び覚ましそうだった。
「……未来……っ……」
「まだ……動かないで……」
如月の首に巻き付けた腕を未だ解かずに、宇都木は喘ぎと共にそう言った。ただ、繋がっているだけであるのに、宇都木は己の内部を抉っている、如月の雄の形でも想像しているようだった。
「……ああ……邦彦さんのモノが……私を貫いている……」
うっとりとした声で宇都木は囁き、口元に笑みを浮かべた。それはまるで心地の良い夢を見ているような表情だ。
「……未来の中は…温かいな……。温かくて……心地良い」
「このまま……こうしていたい……」
「……私は動きたいが……」
如月の言葉に宇都木は小さな声で笑った。
とても先程まで見せていた、思い悩んでいる様子など宇都木の顔には欠片も見あたらない。
「……動いて……いい……」
未来の言葉が終わる前に、如月は腰を突き上げた。自らの上で、よがる宇都木の姿は凄艶だ。だが、快感に溺れ、何かから逃げようとしている姿は、どこか悲しげにも見える。こういう宇都木を見ていると如月は辛い。
なんとかしてやる……。
私が……。
今度こそ。
如月は決心をつけていた。
セックスするだけが恋人ではない。一緒に暮らしているだけなら、ただの同居人だ。如月はそれだけの関係など、欲しくなかった。
「……ああっ……もっと……もっと突いてっ!」
揺さぶれば揺さぶるほど、淫らになっていく宇都木を眺め、如月も逆らえない快感に従い欲望を遂げた。