Angel Sugar

「障害回避」 後日談 第1章

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 自宅に戻って一週間が経った。
 退院した宇都木は、当初東家の方へ戻る予定になっていたが、宇都木自身がそれを辞退して、如月のマンションへと戻ったのだ。宇都木はしばらく静かな環境で、身体と心を休めたかった。もっとも必要だったのは、愛する如月の側で過ごすことだった。如月の側にいるだけで宇都木は満たされる。もちろん、如月は仕事があるため、昼間は一人きりになってしまうのだが、宇都木は暇をもてあますことなく、眠ったり、起きたりを繰り返しながら、自ら壊した身体を少しずつ快復させていた。
 どれほど眠っても、睡魔がやってきたため、宇都木はそれこそどこか身体に悪いところがあるのではないかと心配になったこともあった。けれど、医者が言うには、人工透析なども行ったために、宇都木の身体にかかった負担は相当なものらしく、しばらくは寝たり起きたりが続くだろうと言われた。このことで宇都木は、人間は眠ることで身体を治療するのだと初めて知った。だから宇都木は睡魔に逆らわず、眠りたいときに眠り、起きたらリビングでくつろいだり、温かいお茶を淹れて飲み、穏やかな時間を過ごしていた。
 如月の過保護ぶりは宇都木も驚くほどで、朝、会社に出かけていくものの、昼食時には必ず戻ってきて、ランチを一緒に摂る。忙しいスケジュールをやりくりしながらも、如月が時間を捻出してくれることに、宇都木は申し訳なく思いながらも、内心では嬉しかった。特別な愛情を注がれていることに気づくとき、宇都木は胸が熱くなるほど、感激するのだ。
 けれど少しばかり宇都木は不満を抱えていた。
 如月が宇都木の体調を気遣いすぎて、あまり触れてくれないのだ。
 確かに平日は抱き合わないと、一応決めていた。それを言い出したのは宇都木だったから、余計に自分から言い出せない。しかも魔法にでもかけられたように、眠気がやってきては、その欲求に逆らうことなく眠っている宇都木だ。如月も手を出しにくいだろう。
 けれど、もうマンションに戻って一週間経つのだ。そして本日は如月の仕事が休みになる週末だった。今日こそはと宇都木は内心考えていたが、やはり睡魔には勝てず、宇都木は朝からソファでうとうとしていた。
「一応、未来の会社復帰は来月に予定しているんだが、何とかなりそうか?いや……体調を見て予定はいくらでも変更ができる。無理なら延ばせばいい」
 ソファに身体を伸ばしている宇都木の側に如月がやってきて、床に腰を下ろす。
「……え?」
 うとうとしていた宇都木には、如月が何を言ったのかすぐに理解ができず、目を擦りながら身体を起こした。
「ああ……その調子じゃ、来月早々というのは無理そうだな」
 如月はクスリと笑って、宇都木が身体にかけていた毛布を、そっと整える。
「……あの……すみません。邦彦さんがおっしゃった言葉を聞き逃してしまって……」
「未来にいつ秘書として戻ってきてもらおうかという話だよ」
「私は……いつでも……」
「気持ちはいつでもいいのだろうが、お前の身体が付いてこないぞ。そうだな……やはり月末まで待つか……」
 宇都木の額にかかる髪を撫で上げて、如月は言う。
「……そうですね……そうします」
 素直に宇都木はそう言った。
 ただでさえ、今は睡魔がひっきりなしに襲ってくるような状態だ。仕事に復帰したとしても、今の宇都木には如月のスケジュール管理すらまともにできないだろう。
「随分と素直になったな」
「お仕事に復帰させていただいたのに、この私の体調の悪さで、邦彦さんに迷惑をかけることになったら……その方が私は嫌です」
「そうだぞ。身体はちゃんと治さないとな……」
 如月はそう言って、テーブルに新聞を広げた。
 向けられた広い背中に突然触れたくなった宇都木は、そっと手を伸ばして如月にしがみつき、頬を擦りつけた。
「気持ちいいか?」
「はい。とっても……」
 背後から如月に抱きつき、宇都木は目を細めた。
 伝わる温もりが、宇都木の睡魔を呼び覚ましそうだ。
「未来……」
「はい?」
「背後からだと、お前の顔が見えなくて、私は寂しいな」
 首に回した宇都木の手に如月は触れながら、後ろを振り返る。
「じゃあ、前に移動します」
 宇都木はソファから下りて、床に座り込んでいる如月の前に移動して、もう一度手を首に回すと、温かな胸に顔を埋め、目を細める。
「今日はいつもより、気分がよさそうだな」
「ここに戻ってきてからずっと気分はいいんです」
「よかったよ。これでも悩んだんだ。東家に預けたままがいいのか、それともここに戻ってきてもらうのか……。未来は一人にすると心配だからな」
 ソファに置き忘れた毛布を如月は手に取り、胸にしがみついている宇都木の背を覆う。気遣いを忘れない如月に、宇都木の顔に笑みが浮かんだ。
「私はここがいいんです。ここには邦彦さんがいるから……」
「ああ……そういってもらえると、ありがたい……ん」
 宇都木は自ら如月の唇に軽くキスを落とし、微笑した。すると、如月は咳払いをして、照れを誤魔化すと、宇都木の身体をやんわりと離そうとする。そんな如月に宇都木は自ら身体をすり寄せて、しがみついた。
「邦彦さん……」
「いや……駄目だぞ未来……」
 如月は宇都木が何を求めているのか気づいているようだ。
「邦彦さんが欲しい……。貴方に愛されたい……」
 潤んだ瞳を如月に向けて、宇都木は甘えた声でそう言った。こうやって触れているだけで、宇都木の身体は疼き、スラックスの下に隠れている雄が身悶える。
「未来……駄目だ」
「どうしてですか?」
「まだ、お前は一日の半分以上眠っているような状態だぞ」
「ええ……でも、眠いくらいで、他に問題はありませんが……」
「ほら、な」
「でも、私、怪我をしたわけではありませんし、大丈夫ですよ。ちょっと……その薬を飲み過ぎただけで……」
 如月の肩を掴んで、青い瞳を見つめながら、宇都木は訴えた。けれど、青い瞳には隠すことができない欲望の灯がちらついているのが見える。如月は理性で本能を抑えようとしているのだ。
「もう少しだけ我慢しろ」
「いやです……もう、限界なんです……」
 宇都木は、自らのスラックスの中に如月の手を誘った。そこには、欲望の証である雄が、先端のくぼみから蜜を滴らせていた。宇都木は自らの雄に触れてもらうことで、もう我慢ができないことを、知ってもらいたかった。
「貴方を思い焦がれて……もう……こんなになってるんです……助けて……」
「濡らしすぎだぞ……未来……」
 如月の手は宇都木の雄を掴み、その形を確かめるように動かす。同時に伝わるのは、粘ついた感触だ。
「ずっと……貴方を思って……あっ……」
 雄をキュッときつく握りしめられて、宇都木は小さな声を上げた。
「確かにこのままでは、別の意味で辛いだろう……な」
「ええ……辛いです。私を……貴方の手の中で淫らによがらせて……」
 如月は苦笑に近い笑みを浮かべていたが、宇都木の雄から手を離すことはなかった。
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