Angel Sugar

「障害回避」 第40章

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 日本の株式市場は九時に開く。
 如月はそれよりも早く出社して、動向をうかがうことにした。もちろん一日じゅう株式市場を見守ることは仕事上できないが、他の書類をチェックしながら見ることはできるだろう。
 如月は自分の椅子に腰を下ろし、ボックスにためられていた書類に目を通しては、サインと捺印をしていた。香月も気になるのか、如月の方をチラチラ見ながら、できた書類のチェックをしている。
 九時になるとインターネットで配信されている株式市場にアクセスし、如月は桜庭の本社が保有する株式の価格をチェックした。今はまだ動きが見られない。けれど微妙に価格が変動している。
 動いてるのか……。
「あのう……」
 同じサイトを見ていたのか、パソコンから顔を上げて、香月が声を発した。けれど何を問われても如月はこの件に関して話すつもりはない。
「十時から会議だっただろう?資料はできているのか?」
「え……あ、はい。すでにできています。今、営業の女性にお願いして必要部数、コピーを用意してもらえるように頼んであります」
「ならいいが」
 如月は会話を終わらせようとしたが、香月は目を輝かせて言った。
「株……動いてますよね?」
「そうか?」
「どうなるんでしょう……」
 如月から話を聞き出そうとして香月が食い下がっているのは分かるが、こればかりは話せない。それはすでに香月にも言い聞かせてあるが、納得できないのだろう。
「さあな」
「……そうですか。すみません」
 ようやく香月は質問することをやめ「そろそろ資料ができあがっている頃だと思うので営業でもらってきます」といって部屋を出て行った。
「悪いな……香月」
 子犬が主人に怒られたような様子で、肩を落として出て行った香月を思い出し、笑いが漏れそうになった。同時に携帯が鳴った。
「もしもし……」
『ああ、僕だ。面白いネタを見つけてきたんだけど、売っていいか』
 神崎だった。
 桜庭を嗅ぎ回るように指示していたが、何か面白いものを見つけてきたようだ。
「ネタによるね……」
『ていうか、週刊誌に売ってもいいか?……って聞くのがいいのかもしれないね』
 神崎はなんだか楽しそうだった。
「桜庭に打撃を与えられるものなら、どういったことでも勝手に動いて良いぞ。ああ、会社じゃなくて本人に……だ。会社の方は手を打ったからな。これ以上の打撃は必要ないだろう。で、ネタはどちらだ?」
『本人』
「じゃあ、神崎が週刊誌に匿名で売って、生活の足しにするといい。分かっていると思うがうちとは関係ないことだろうな?」
『まあね。東グループとは全然関係ないんだけど……なんていうかさあ』
 意気揚々としていた神崎の言葉が急に歯切れが悪くなる。
「なんだ?どういう問題が出そうなんだ?」
『如月に関係しそう……っていうか、知ってる人間は、あっ……と勘ぐるかもしれない。そういうネタ』
「よく分からないが……どういうネタだ?」
 最初はどういったネタなのか聞く気など無かった如月だが、なんとなく嫌な予感がしたため、そう聞いていた。
『いや、大したことじゃないんだけどね。あの桜庭って敵対してるように見えるんだけど実は、如月が気に入ってるんだな~という感じ』
 意味が不明だった。
「からかうために電話をしてきたのなら、切るぞ」
『違う、違う。本当にそういう想像をしてしまいそうになるようなネタなんだ。実は、あの桜庭って、名前を偽っていろいろ妙なビデオを集める趣味があるんだ』
「ビデオ?」
『SMものからエロものまで、様々あるんだけどさあ、大抵、黒髪の碧眼の男が出ている作品を集めてる。で、僕の知っているやつで黒髪、碧眼っていう珍しい男は一人しかいないんだよねえ……』
 神崎が笑いを堪えているのが電話越しに分かった。
「不愉快だな」
 もともと変わった男だと思っていたが、本当に変わっていたのだろう。
『だから、ゴシップ誌にしか売れないネタなんだよ。といっても、話をしたら百万で買い取ってくれるって言ったからさあ、僕も乗り気なんだ。売っていいか?』
「……別に構わないが、その程度のネタでそんなにもらえるものなのか?相手は桜庭に関係する人間じゃないだろうな?」
 ネタを潰そうとして手を回していることも考えられるのだ。
『僕の知り合いだからそれはないよ。実はちょっと前に分かったことだったんだけど、しばらくは黙ってた。だけど、今朝、あるゴシップ誌を手に入れてね。びっくりしたよ。桜庭って奴は最低のことをやった。あ、別に如月の恋人が食われた話は、成人男性の問題で僕がどうこういうつもりはないけど、過去をほじくり返してゴシップ誌に売りつけるやり方が気に入らないんだよ』
 神崎はそう言って憤慨していた。
「私もそう思うよ」
『こういう場合、ゴシップ誌にはゴシップ誌で対抗するほうが、面白いだろ?ほら、まともな人間なら本気にしないけど、真偽のほどを一番よく分かっている当人がショックを受ける。そして当人を知る人間に打撃を与えられるぜ。なにせ桜庭グループの孫だからなあ。東家の元秘書より効果があると思うな。どうする?』
「さっさと売ってこい。私の方は気にはしない。もともと絡まれていたことは周知の事実だ。私と桜庭のことを知っている人間が読んだところで、なんとも思わないさ」
 本当に蛇のようにしつこい男だ。
 如月本人に嫌がらせをするだけでは飽きたらず、似たような役者が出ているビデオをかき集めるなど、単なる変態だ。
『簡単に了承していいのか?もしかして……なんか勘違いしてない?僕は断られると思ってたんだけどさ』
「何が?」
『僕の話を聞いて、桜庭がどういうビデオを集めてると思った?』
「私に似たような男が出ているビデオを集めているんだろう?」
『そうなんだけど……如月が犯されているか、輪姦されてるビデオだよ』
「ちょっと待て、私じゃないだろうがっ!……いや、違う……なんだそれはっ!」
『いや、言葉のあやだよ。だからさあ、桜庭って如月が好きなんじゃないのか?愛情表現が歪んでるけど……』
 如月は神崎の言葉に身体全身に鳥肌が立った。
「き……気持ち悪いことを朝から聞かせるなっ!」
『だから、売っていいのか?って聞いたんだよ。ただのエロビデオ買ったところでネタにならないって』
「……ちょっと待て。……私のことを仮名で載せたいとでも言うのか?それを了承しろと話しているのか?」
『当たり前だろ。桜庭グループと東グループの若獅子の衝突。その裏に隠された愛憎なんて見出しだからこそ百万』
「……私がそのネタを買う」
 思わず如月はそう言っていた。
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