Angel Sugar

「障害回避」 第27章

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 どう声をかけていいのか如月には分からない。ただ、桜庭と宇都木が寝たことだけは事実として目の前に突きつけられている。怒鳴ることはできない。心の中では宇都木の細い身体を激しく揺さぶり、問いつめたい気に駆られているのは確かだ。だが、今は、それが得策ではないことを理性は如月に告げていた。
「身体を……洗おうな」
 物言わぬ宇都木の身体を、泡立てたスポンジで撫でる。首筋や肩、腕というふうに上から下へと移動させていく。同時に青ざめていく宇都木の表情が痛々しい。瞳には涙をためて、いつ流れ落ちるか分からないほど盛り上がっていた。
「嫌……」
 如月のスポンジを持つ手が敏感な部分に及ぶと、宇都木は小さな声で呟いた。
「駄目だ」
 抵抗するように伸ばされた宇都木の手を払い、まだ濡れている雄を泡で洗い流していく。唇を噛みしめ震えている宇都木は今にも折れてしまいそうなほどだ。それでも如月は自分の手を止めなかった。
「邦彦さん……嫌です……」
 上擦ったような声を出し、宇都木は真っ直ぐと如月を見つめていた。瞳から流れ落ちる涙は頬を濡らし、宇都木の身体を包んでいる泡を一つ、また一つと消していく。
「駄目だと言っているだろう」
 きつい口調にならないよう、できるだけ優しく言ったはずの言葉が、宇都木には伝わらないのか、まるで怒鳴られたように身体を竦ませた。このまま抱きしめて、宇都木の気持ちが落ち着くまで、何時間でも背を撫でていてやりたい気持ちに駆られたが、如月は堪えた。今はどうあっても桜庭が付けた印をできる限り、宇都木の身体から排除したいのだ。
 どうしてこんなことになっているのか、その理由は後からいくらでも聞くことができる。そんなことは全て後回しにし、まずは宇都木を綺麗にしてやりたい。桜庭の臭いを全て消し去ることはできないだろうが、宇都木を落ち着かせる、最もいい方法はこれしかないのだ。
「……ごめんなさい……」
 消え入るような声で宇都木は言った。如月は答えることなく、無言で宇都木の身体を丁寧に洗った。泡の間から時折見える、如月ではない桜庭の付けた痕が目に入るたびに、身体が熱くなり、怒りで理性がねじ伏せられそうになる。
 宇都木に対してか。
 それとも桜庭に対してなのか。
 如月にも分からない。いろいろな考えが頭の中を駆けめぐっていて、口を閉ざしていないとどういう暴言が飛び出してしまうか、自分でも分からないのだ。
 宇都木は傷ついている。
 身体以上に心が。
 理解していて、優しく接しようと努力しているのだが、身が捩れそうなほど辛い。
 宇都木がどうして桜庭と寝ようなどと考えたのだろうか。自分がやったことを理解しているのか。それとも、騙されてベッドに引きずり込まれたのだろうか。一瞬の気の迷いで誘いにのったのか。その時、自分の恋人である如月のことを、僅かでも心に過ぎらなかったのだろうか。
「嫌ですっ!」
 力無く座り込んでいた宇都木が突然声を上げて、如月の手の中から逃げようとした。だが、如月は宇都木の身体をしっかり抱え込み、希望を叶えてはやらなかった。腕の中でどれほど暴れようと、背に回した腕の力は緩まない。泡があちこちに飛び跳ね、己の衣服すら濡らそうと、如月にはどうでもいいことだった。
「駄目だと話しているだろう?」
 感情のない声でそう言っている自分が如月にも分かる。それがどれほど宇都木を傷つけているかも。
「そこは……嫌なんですっ! 離してくださいっ! 邦彦さんっ……お願い……」
 泣きながら懇願する宇都木を見下ろしながら如月は、背に回した両手を尻の割れ目に移動させた。
「いやっ! いやあっ!」
 なおも暴れる宇都木を無視して、如月は蕾の中に残っているであろう、桜庭の残滓を掻き出した。指先に感じる、泡とは違う、粘ついた感触に歯を力一杯噛みしめて、喉を迫り上がる苦いものを呑み込む。
「お願いっ……触らないでっ! 私がします。私が自分でしますから、もう、止めてくださいっ! 邦彦さんまで……汚れてしまうっ!」
 未だかつて見たことがないほど、宇都木は泣きわめいた。気が狂ったように暴れ、同じ言葉を繰り返す。それでも如月は手を緩めなかった。何度も指先を窄まりに突き入れて、中にあるものを掻き出し、湯で洗い流した。
「お前は汚れてなんかないさ……。私だって汚れたりしない。ただ、私はお前を取り戻したいだけだ。私だけの未来として……ね」
 どうにか作った笑みを浮かべ、涙で視界を曇らせている宇都木を如月は宥めた。宇都木は抵抗しても無駄なことを知ったのか、顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
「愛している。この気持ちは変わらない……」
 額に軽くキスを落とすと、宇都木は俯き加減の顔をそろりと上げた。唇が何かを口にしようとして震えているものの、言葉にはならない。
「いいんだ……未来。こうやって私の手の中にいてくれさえすれば……」
 相変わらず小刻みに震わせている身体を力一杯抱きしめて、如月は囁いた。どういった事情があったのか分からない。それでも、如月は宇都木を手放す気もなければ、責める気にもならなかった。聞きたいことは山ほどあるが、今、この瞬間でなくともいい。
「……邦……彦……さ……」
 血の気を失った宇都木の唇に触れ、固く閉ざした口を舌でこじ開けて、逃げ腰の舌を捉えると、きつく吸い上げた。何故かヒンヤリとした舌は、如月の舌に絡められてようやく温度を上げる。
「……ん……う……」
 キスを堪能しながらも、如月は冷静に宇都木の身体にシャワーを浴びせ、泡を落としていく。顔は青ざめているのに、身体は、温い湯で温度を上げて、ピンク色に染まっていた。どこか妖艶なそのさまは、如月の下半身を疼かせた。
「未来は……私の未来だ……」
 唇を離し、くっきりと浮かんだキスの痕に、如月は吸い付いた。あの男が付けた痕は全て自分の痕で塗りつぶさなければ気が済まない。それは宇都木も気付いているのか、抵抗する様子を見せず、ただ、涙を落とすだけだ。
「う……うっ……うう……」
 抗うことなく身体をさらけ出している宇都木の表情は、蒼白に近かった。見られたくないと心底願っているのが分かる。それでも、如月の愛撫を拒否することができないのは、宇都木の愛情の現れなのだ。
「見られたくないだろうが、少しだけ我慢しろ。頼むから、私のわがままを聞いてくれ」
 小さく頷いた宇都木に、如月はキスの痕を己の印へと差し替えていく。きつく吸い上げるたびに反らされる顎は細い。
 胸や腹、太股に至るまで散らされている赤い痕は、如月によって更に赤く染められていく。ゾッとするほど執拗に付けられたキスの痕を一つ確認するたびに、桜庭への怒りが沸々と煮えたぎる。如月に嫌がらせをしているつもりなのだろう。今までは如月に直接行っていたことを、今度は宇都木という、如月が最も大切にしている男を蹂躙することで、今頃、如月が怒りに打ち震える姿を想像し、ニヤニヤとした薄気味悪い笑いを浮かべているに違いない。
 潰してやる……。
 どんな手を使っても桜庭を潰してやると、如月は心底誓った。
 今まではそこまでの気持ちを持たなかったのだ。関わると面倒なタイプの男だったから。だが、あの男は如月が最も大切にしている宇都木に手を付けた。何があり、どういう条件を持ち出して宇都木をベッドに引きずり込んだのか、そんなことはもう、どうでもいい。聞いたところで余計に腹立たしく思うことを、宇都木の口から聞かされるより、原因になった男をさっさと潰し、視界から消してしまうのが一番だ。
「……くっ……」
 キスの痕を全て塗りつぶし、宇都木の両足を抱えたところで、怯えるような目を向けてきた。だが如月は躊躇することなく、宇都木の内部に己の楔を打ち込んだ。
「あ……あっ……」
「快感を追うつもりはない。あの男に対して対抗心を燃やしているわけでもない。いいか、未来。未来が私だけのものだということを、お前に知って欲しいだけだ。お前のあらゆるところを私のもので満たしておきたい」
 その言葉に宇都木は苦渋で満ちた表情の中に、僅かな笑みを浮かべたのを如月は見逃さなかった。
「一人で苦しむな。私がお前の苦しむ元を取り払ってやる。それでも尚、お前を苦しめる重荷があるなら一緒に担いでやる。だからもう、安心しろ」
 抽挿を繰り返しながらも、如月は何度も宇都木の頬にキスを落とした。
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