Angel Sugar

「障害回避」 第13章

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「ずっと黙っていたが、小早川さんとなにかあったのかな?」
 自宅マンションに戻ってきた宇都木たちは、小早川を先に帰し真下だけが残った。『お茶でもごちそうしてくれないか?』という真下に宇都木も首を横に振れなかったのだ。
「……え、いいえ」
 兄弟だと分かっても別に宇都木は構わなかった。いや、事実を知りたかったのだ。それで鑑定が必要であるなら、警察の申し出を受けてもよかった。だが小早川は首を横に振ったのだ。それに異論を唱えることなど宇都木にはできないだろう。
「宇都木の考えていることは大体分かるよ。DNA鑑定を受けたかった……そうだろうね。私が宇都木の立場なら白黒はっきりさせたかっただろう。ただ、必要がないから、断って良かったんだ」
 真下は宇都木の淹れたお茶を一口飲んで、フッと息を吐く。
「私は……どちらでもよかったので……」
 うっすらとした笑みを表情に浮かべ、宇都木は笑う努力をした。なんだか、無理矢理作った笑顔のために皮膚が突っ張っているように感じる。どうせ、真下のことであるからそんな宇都木のことも分かっているに違いない。
「……すまないね。色々と東家の立場を優先してしまって」
 真下は俯きながら申し訳なさそうに言った。
「いいえ。真下さんが謝ることなんてありません。私は東家から本当によくしていただきました。そして、私の両親はもういません。明らかにすることなど何もないんです……」
 湯飲みを手の中で回しながら宇都木は呟くように言った。
 東家からは、孤児になった子供が普通与えられない十分な暮らしと、チャンスをもらってきた。その東家が沈黙を宇都木に求めているのなら、どんな誘惑があろうと沈黙を突き通すことができる。
「……ただね。これは犯罪じゃないんだよ。宇都木」
 意味ありげに真下はチラリと視線を宇都木に向けた。その視線に宇都木の心臓は急に鼓動を早めた。
「……何かご存じなのですか?」
 宇都木の問いかけに、真下は視線を一周させると、ずれてもいないのに眼鏡を人差し指で押さえる。
「私が知っているのは……。東さまが当時、宇都木に関してお調べになったことだよ。君のご両親は不審な亡くなり方をしていたのでね。宇都木は知らないだろうが、当時も警察沙汰になっているんだ」
 真下はお茶を飲み、また息を吐く。
「私が……そのことをお聞きしてもよろしいのですか?」
 知りたいと宇都木は思った。
 だが、もし、真下が首を縦に振ってくれなかったとしたら、二度と問いかけないことにしようと心に決めていた。
 暫く二人の間に沈黙が落ち、宇都木から話題を変えようと、何でもいいからとにかく口にするのだと思い始めた頃、真下は口を開いた。
「そうだね。そろそろ話す時期かもしれない……」
 真下はソファーに座り直して手を組んだ。
「もし……お話になれないような内容でしたら……私は……」
「いや、いいんだ。いつかは、宇都木が知らなければならないことだからね。例えそのことで落ち込むことになっても、今、宇都木の生活は安定していて、支えてくれる人がいるだろう?」
 にこやかに真下は言った。
 支えてくれる人が誰を差しているのか分かったものの、それはこの話を如月にうち明けるんだと真下が暗に仄めかしているような気がした。
「はい。あの人が力になってくれると思います……」
 そう答えるものの、宇都木は如月にうち明ける気は無かった。
「宇都木の両親がどうしてああいう奇妙な宗教に取り憑かれたか知らないだろう。原因があったんだ。それがあの掘り出された遺骨だ。いや、これも、今出てきたことで多分そうだろうと推測されるんだがね。近所の人達の話では、宇都木のご両親は神棚に何かこう、異様なものを奉っていたらしい。当時、宇都木のご両親を心配した、親戚の人間が訪ねたことがあったらしい。そのとき、ご両親が席を外したときについ、神棚に祭られていたものを覗いたところ、人間の骨のようなものがくるまれていたそうだ。ただ、証言を取れた段階では既にそういったものは神棚に無くてね。ただの、見間違いだろうと当時は思われていたんだ。だから神棚にあったのが、今出てきた遺骨なのだろうと思う」
 そこまで話して、真下は一口茶を飲んだ。
「……確かに……そういうなにか四角い箱が神棚に奉られていた記憶はあります……」
 霞んでいる記憶の中に、綺麗な布のまかれた箱が神棚に置かれていた光景がぼんやりと見えた。宇都木自身は背が届かなくて、何が中にはいっていたのかまで見たことはなかったのだ。
「あと、宇都木は兄弟かと疑っているだろうが、調べなくてもあれは血縁じゃないことは確認が取れているんだ。まず、宇都木の母親が妊娠していた事実が無いこと。それと、近所の人の話では、妙な人間が出入りしていたらしい。白装束の中年の女性で、当時の新聞では一時期騒ぎになった女性だ」
「私は知りませんが……」
「まだ、宇都木は小学校に通っていた頃だからね。昼間に来ていたそうだ。だから会うことはなかったんだろう」
 確かに、本当に両親がおかしなことになるまでは、宇都木も学校に通っていたのだ。なら、知らない女性に違いない。
「その……当時の新聞で騒ぎになった……とは?」
「不気味な宗教を広めていたんだよ。宇都木の父親はちょうど事業に失敗した頃だったんだ。それを覚えているかどうか分からないんだが……。まあ、そういった失意に陥った人間を取り込むことが上手い女性だったといえるね。本人は教祖と自ら公言していたらしい。妙な人間には妙な信者がついてしまうんだが、百人からの信者がいたと言われているよ。その中に宇都木のご両親も入っていた」
 宇都木には初めて聞くことだった。
「知りません……」
「だろうね。中年女性は国立公園の中に勝手にコロニーを作って生活していて、機動隊と衝突したこともあった……とまあ、いろいろと世間を騒がせたんだが、彼らの奉っていたものはやはり、幼児の骨だった。神棚からゴロゴロと発見されたらしい」
「……な……なんてことが……」
 真下の言葉に宇都木は声を失いそうだった。
 幼児の骨を奉って何が救われるのだろう。そんなこと、常識で考えてもわかるはずなのだ。
「まあ、幼い宇都木がそういった新聞記事を読んだかどうか私には分からないんだが、ご両親はそのコロニーに入るために試されていた段階の信者だったんだ。だからあのとき宇都木のご両親のように亡くなられていた家族がいくつもあった」
「それで……その、幼児の骨はどこから……」
「コロニーで生活している人達は劣悪な環境だったんだ。人間が本当に自給自足をしようとすると大変な作業を毎日こなさなければならないんだよ。しかも何年もかけて築かなければならない、生活の土台というものがある。そう言ったものを一切無視して、自分達で作ったものを食べて生きながらえていたんだ。売られているものは全て身体に害を及ぼすといってね。人は空気だけでも生きていけると教祖は腹を空かせた信者に言い聞かせていたらしい。まあ、常識では考えられないことを信じていたのだから、私にも理解の範疇を越えているんだが……。そう言った中で妊娠した女性が果たして無事に子供を産めるかな?だろう……」
 では……。無事に生まれることができなかった子供の遺骨だったのだ。
「……じゃあ、あれは私の兄弟でもなんでもないんですか……」
「そうだよ。コロニーで無事に生まれなかった子供は守り神として、人々に幸運をもたらすと教祖は信者に話した。だから奉られていたんだ。馬鹿馬鹿しいだろう……。これでは供養にもならないね」
 ため息をついて真下は言った。
「あの……どうしてうちの両親はその遺体を埋めたのでしょう?敷地に埋まっていたと言うことは私の両親が埋めたことになりますよね?」
「誰が埋めたのかは分からない。ただ、一番そう言ったことができるのは宇都木のご両親だろう。実際、なにがあって、どういう心境の変化から、庭に埋めたのか……そういったことは分からないんだ」
 真下は空になっているはずの湯飲みを口に付けていた。 
「お茶……新しく淹れます……」
 そう言って宇都木が立ち上がったと同時に、玄関のベルが鳴り、宇都木が思わず時間を確認すると、如月が帰宅する時間だった。
「あの……」
「ああ、邦彦が帰ってきたか。顔を合わせないで帰るつもりだったんだが、随分長居してしまったね。申し訳ない……」
 苦笑しながら真下は腰を上げた。
「え……でも……」
 玄関が開く音がする。
 まだ、宇都木は話したいことがあったのだが、今日のところは無理だろう。
「おおかたの話はしたよ。続きは明日にしようか。そうそう、鳩谷君に作ってくれた問題を頂いて帰るよ」
「は……はい。すぐにお持ちします」
 宇都木が、動揺していると、玄関から「未来!」と、自分を呼ぶ声が聞こえた。
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